2007年7月21日

第21回 草津まち歴史の散歩道

広島県

海が支えた町の活気 市場跡・漁港跡に往時の面影

威光を放つ社寺

 昔、間宿(あいのしゅく)として栄えた草津方面へと西国街道を進む。行者山(ぎょうじゃさん)の麓(ふもと)に、草津まち歴史の散歩道の始点となる踏切があり、そばに「鷺森神社」が建っている。「この町は由緒ある社寺が多いんですよ。千年前は、ここまで海だったといいます」と草津まちづくりの会世話人代表の宮川秋三さん(77)。豊漁と海上の守護神として崇拝されていた神社の境内を、時折電車の音が通り抜けていく。

 山側の、厳島合戦で毛利方の陣所となった「海蔵寺」は江戸時代、東城浅野家の菩提寺でもあった。元禄時代の石組(いわぐみ)庭園があり、いつの間にか心に静寂が広がってくる。けんか神輿(みこし)で有名な「草津八幡宮」は、山の中腹から千四百年余の威光を放っていた。町並みや新旧の海岸線が一望できて、散策の前には格好の場所だ。長い参道を下りると、天保年間(一八三〇年代)創業の造り酒屋「小泉本店」に続いている。風格ある大屋根と変化に富んだ格子戸が調和して、西国街道の趣を際立たせていた。中庭には、西の守りとされていた「大門」の金具が保管してあり、重さ二百八十キロの存在感に圧倒された。向かいの「みゆきギャラリー」では予約制で利き酒もできる。「千年の文化が百年の文明で壊されんような試みを大事にしたいですね」。厳島神社のお神酒醸造元でもある小泉隆司社長(66)が日本酒の奥深さを語った。入り口の「吟醸しずく滝」は、もろみの搾(しぼ)り袋から雫(しずく)が落ちるイメージで作られたという。

入り組んだ家々

 広電草津駅近くの「自家焙煎(ばいせん)コーヒーとハーブティの店さかと」に寄ると、墓参り帰りの田森和子さん(77)が「まあお寺に行ってみんさい。立派な花が並んでいるから」と笑った。「草津の人はよく参られるんですよ」。坂戸郁美さん(65)の話から、漁師町の信心深い一面がうかがえた。散歩道の探訪マップは、この店と草津公民館、小泉本店に置かれているときく。御幸橋を渡り、夢街道認定碑がある「まちづくり交流広場」を過ぎた所で「ここに三次藩の船屋敷、御幸川沿いには浜田藩の船屋敷もありました」と草津まちづくりの会の縄岡忠則さん(64)。

 路地の奥に「浄教寺」が見えた。龍のように枝を張った松の間から、お経堂の四面に奉納された鶴や亀などの鏝絵(こてえ)を見上げる。「朝の光で見ると立体感が出て、一段ときれいです」。縄岡さんの説明を聞きながら「西楽寺」まで進む。完成間近な鐘楼の手彫り細工の見事さに、思わず立ち止まった。元は魚問屋だったという近くの町家に伺うと「はね上げ式大戸は今でも留め具をつけて使っていますよ」と宮本勉さん(70)。格子戸を通した光は柔らかく、大きく艶(つや)のあるたんすに歳月を感じた。消火用でもある井戸の「大釣井(おおつるい)」を左に入ると、家が入り組んで先が見通せない「遠見(とおみ)遮断(しゃだん)」という風景が続く。「魚市場跡」あたりには、船板の壁や無双窓など趣向をこらした家が点在している。西国街道に戻り南へ歩く。「山口酒店」には角樽(たる)をはじめ、ラッキョウ型のビール瓶や丹波の立杭焼(たちくいやき)の通い徳利など珍品がずらりと並んでいる。

伝統のカキ養殖

 草津まち歴史の散歩道の終点「大石餅(もち)跡」は広電草津南駅の踏切近くにあった。明治天皇が好まれたという味を想像して石碑の句を読む。

 案外と 大石餅は かろき 味

 国道2号線を渡って「西部埋立第八公園」へ向かう。雁木(がんぎ)の石組みが海辺を物語る旧草津漁港跡。「漁民会館」の敷地には竹の下に洪立(ひびだて)養殖法完成の功績などが刻まれた「安藝國(あきのくに)養蠣(ようれい)之碑」もあり、カキの味の源を再感した。草津港の広島市中央卸売市場では、カキ養殖業三代目の大谷輝彦さん(37)の話を聞くことができた。「今は、ホタテ貝に穴をあけて殻を通す作業をしていますが、七月からのカキの産卵期への準備なんです」と貝の山を背に汗をぬぐった。  移設された元の灯台を思い浮かべて港を見渡す。海は古来からの航跡を底深く宿し、波は一瞬の輝きを繰り返していた。

(詩人 橋本果枝 写真 今田豊)

西国街道沿いに立つ造り酒屋「小泉本店」。折り重なるような瓦屋根が重厚さを醸し出す

▲西国街道沿いに立つ造り酒屋「小泉本店」。折り重なるような瓦屋根が重厚さを醸し出す

「建物は明治時代の建築。愛着があります」と山口酒店店主の山口鉄男さん(84)。太い柱や梁が町家の姿を伝える。棚には古い徳利やビール瓶が飾ってある

▲「建物は明治時代の建築。愛着があります」と山口酒店店主の山口鉄男さん(84)。太い柱や梁が町家の姿を伝える。棚には古い徳利やビール瓶が飾ってある

新たに認定された夢街道マップ

▲新たに認定された夢街道

道 し る べ

〈草津まち歴史の散歩道〉

 草津まち歴史の散歩道は、広島市西区草津東三丁目のJR踏切から、草津南町の大石餅跡までをいう。

 この地域には西国街道が通り、江戸時代には広島城下と廿日市宿の間宿として栄え、三次藩や浜田藩の船屋敷が置かれていた。

 港町としての歴史は古く、昔軍(いくさ)の港に使われたので「軍津(いくさつ)」と呼ばれたことから「草津」になったとも伝わっている。カキ養殖を発展させ、漁業の町・産業の町としてもにぎわったことが町並みを散策するうちに伝わってくる。

 往時の面影を映す町家や珍しい鏝絵など町の魅力を伝え残そうと「1000年歴史草津まちIT博物館」が草津公民館に設置されている。夢街道認定を機に、ボランティアガイドの充実など、活動を高めようとの取り組みが続いている。

 歴史・文化・自然の残る街道を軸にした新しい「みちづくり・まちづくり」への取り組みが、いま各地で行われています。夢街道ルネサンス推進会議は地域活性化につながるこれらの活動をバックアップし、現在中国地方の21地域を「夢街道」として認定しています。今年の紹介シリーズは、今回で終わります。

夢街道ルネサンス(二十一)【草津(くさつ)まち歴史の散歩道】

街道や路地をぶらり歩けば町並みの風情にも海の名残歴史の波きらめく散歩道

草津まち歴史の散歩道は平成十八年度、夢街道ルネサンス推進会議により「夢街道」に認定されました。江戸時代の情緒や漁師町の遺産を残す町並みには、古来からの物語を呼び起こす空間があります。まさに千年の歴史の散歩道。草津ならではの歴史を伝えていこうと「草津まちづくりの会」が平成十年に発足。歴史遺産や資料のデジタル保存など、地域ぐるみで幅広い活動が展開されています。

イラストマップ


マップを手に、ゆっくり歩いてほしい町です

草津まちづくりの会
世話人代表
宮川 秋三さん

数年前大石餅のお別れイベントのあと、人や建物の世代交代で失われていく資料を残そうと、パソコンに収めて公開したりCD化を実現しました。この時の活動が町づくりにつながったのです。小学校高学年の行事を追加したCDを卒業生に贈ります。この町では小学生もカキへの興味があり、身近な歴史から愛着をもって学び伝えてほしいですね。

「町内だより」の人物紹介が六十人に

くらたかずたか草津東町内会
副会長
倉田 和峰さん

草津東町を中心に、一生懸命頑張っている人を探して、紙面に登場してもらっています。長年魚の行商をした人、漢詩人、尼僧、実業家などいろんな人たちが近くに住んでいらっしゃる。編集には苦労もありますが、文化や伝統があるから続けられるんだと思います。「読んどるけんね」と声をかけられると、うれしいですね。


草津(くさつ)まち歴史の散歩道

◎お問い合わせは 広島市草津公民館 TEL(082)271-2576 FAX(082)271-2642
◎ホームページアドレス http://www.hitomachi.city.hiroshima.jp/kusatsu-k

「夢街道ルネサンスプロジェクトチーム」国土交通省中国地方整備局 中国幹線道路調査事務所
〒740-0017 山口県岩国市今津町1-13-22 TEL0827-23-8080 URL http://www.cgr.mlit.go.jp/cgkansen/

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