2000/1/18
☆★「野球道」父に教え仰ぐ★☆ 不思議と気になる男である。「何だか面白そうな男ですね」。入寮から約一週間で、多くの先輩選手も長崎の印象をそう表した。物静かな選手が多い今年の新人の中にあって、その個性の強さが際立っている。 一言で表せば「天衣無縫」。いかつい風ぼうと、随所にのぞく愛きょうがかみ合って、独特の雰囲気を醸し出す。「好きな言葉は『挑戦』。でも、最近まで『桃戦』と書いていた」「高校時代は、よく帽子から靴下まで赤で統一して街に繰り出していた。カープの帽子には親しみを感じます」。奔放さを物語るエピソードには事欠かない。 そんな個性と野球人生を決定付けたのは、会社員の父誠さん(43)の存在だった。誠さんは横浜高の「四番、中堅」として一九七三年のセンバツ優勝に貢献。プロの道は選ばなかったが、大洋(現横浜)からドラフト指名されたほどの選手。だが、一人息子に野球を強制することはなかった。 横浜市の能見台小三年まではサッカーに熱中した。「四年で引っ越した家の前に野球のグラウンドがあって。やりたいと申し出た」。誠さんの返事は「やるか」の一言。その日から、まさに二人三脚の野球生活が始まった。
「父の子として生まれた瞬間から、プロ野球選手になる運命が決まっていた。今はそう思う」。奔放な個性の裏に秘められている、十八年間の父子のストーリー。他の新人とは一風変わった「気になる男」の理由は、この辺りにあるのかもしれない。 (加納)
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