中国新聞

2000/1/19

       〔2〕 
          2000年赤ヘル新人群像

           ドラフト7位 松本 奉文内野手(22)
 
「僕はサポート役が似合っている」。プロでもわき役に徹する心構えの松本  

     ☆★将来はプロ野球監督に★☆

 「いつも2位が多いんですよ」と、「シルバー(銀メダル)コレ クター」を自認する。呉市の仁方小一年から始めた水泳では、あと 一歩のところで優勝を逃していた。野球でも苦い思い出がある。崇 徳高三年の一九九五年、全国高校野球選手権広島大会決勝の宮島工 高戦だった。

 チームは準決勝までの5試合で68得点。主将で四番の松本も7割 を超す打率でチームを引っ張った。崇徳有利の前評判の中、一回に 崇徳はいきなり5点を先取。だれもが崇徳の甲子園行きを疑わなか った。

 ところが、宮島工に二回に6点を返され、逆転された。五回に自 ら大会4本目となる2ランで試合を引っくり返したが、七回裏に一 挙7点を奪われた。「初回で絶対勝ったと思った。野球人生で一番 の失敗だった」

 こんな二番手人生が、亜大進学で一転、「ゴールド(金メダル) コレクター」となる。東都リーグでは優勝四度。三年から二度のベ ストナインに選ばれるなど、リーグを代表する打者に成長した。

 四年の時には主将に抜てきされた。出番の少ない四年生には常に 声をかけ、厳しい練習のノルマにもがく仲間には、自らも同じトレ ーニングをこなして激励した。自分だけを見ていた高校時代とは、 一八〇度方向転換した。「宮島工との一戦が大きな転機となった 」。ほろ苦い経験が、いまの松本を支えている。

まつもと・ともふみ
1977年5月1日生まれ。呉市出 身。182センチ、79キロ。右投げ右打ち。背番号35.崇徳高 ―亜大。優れた打撃センスを誇り、パワーだけでなく、左右に打ち分ける巧みさも。崇徳高3年の県大会では7割1分5厘、4本塁打、11打点。亜大4年の東都リーグでは5本塁打、13打点で二冠。3、4年でベストナインに。大学の通算成績は打率2割8分6厘、7本塁打、41打点。

 しかし、その生き様は本質的に「シルバー」である。「自分は一 番じゃなく、サポート役が合っている。仲間が活躍してくれれば、 自分のことのようにうれしいんです」。

 自己主張の強い野球選手の中では、逆に異色かもしれない。「シ ルバーコレクター」の夢は将来、プロ野球の監督になること。「プ ロ球界に骨を埋めたいから」

(下手)

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