2000/1/19
☆★将来はプロ野球監督に★☆ 「いつも2位が多いんですよ」と、「シルバー(銀メダル)コレ クター」を自認する。呉市の仁方小一年から始めた水泳では、あと 一歩のところで優勝を逃していた。野球でも苦い思い出がある。崇 徳高三年の一九九五年、全国高校野球選手権広島大会決勝の宮島工 高戦だった。 チームは準決勝までの5試合で68得点。主将で四番の松本も7割 を超す打率でチームを引っ張った。崇徳有利の前評判の中、一回に 崇徳はいきなり5点を先取。だれもが崇徳の甲子園行きを疑わなか った。 ところが、宮島工に二回に6点を返され、逆転された。五回に自 ら大会4本目となる2ランで試合を引っくり返したが、七回裏に一 挙7点を奪われた。「初回で絶対勝ったと思った。野球人生で一番 の失敗だった」 こんな二番手人生が、亜大進学で一転、「ゴールド(金メダル) コレクター」となる。東都リーグでは優勝四度。三年から二度のベ ストナインに選ばれるなど、リーグを代表する打者に成長した。 四年の時には主将に抜てきされた。出番の少ない四年生には常に 声をかけ、厳しい練習のノルマにもがく仲間には、自らも同じトレ ーニングをこなして激励した。自分だけを見ていた高校時代とは、 一八〇度方向転換した。「宮島工との一戦が大きな転機となった 」。ほろ苦い経験が、いまの松本を支えている。
しかし、その生き様は本質的に「シルバー」である。「自分は一 番じゃなく、サポート役が合っている。仲間が活躍してくれれば、 自分のことのようにうれしいんです」。
自己主張の強い野球選手の中では、逆に異色かもしれない。「シ
ルバーコレクター」の夢は将来、プロ野球の監督になること。「プ
ロ球界に骨を埋めたいから」 (下手)
|


