中国新聞

2000/1/20

       〔3〕 
          2000年赤ヘル新人群像

           ドラフト6位 苫米地 鉄人投手(18)
 
「40歳をすぎても、力で押せる投手でありたい」。野球へひたむきな思いを胸に、将来のエースを目指す苫米地  

     ☆★「球道者」独学で鍛える★☆

 「鉄のように強く、男らしい人間であれ」―。アマチュアボクサ ーだった、会社員の父明雄さん(53)が願いを込めて命名した「鉄 人」。その願い通りに十八年後、少年はたくましく成長してプロ野 球の世界に躍り出た。

 ここまでの道のりは、まさに鉄のような信念で自らの歩む道を切 り開いてきた。トレーニング法も独学なら投球フォームも独学。 「さまざまな意見の中から、自分に合うと思うものだけを選んだ 」。実家の部屋の本棚には、野球やトレーニング関係の本がずらり と並ぶ。

 小学三年で野球と出合って以来、投手一筋。中学卒業後、実家の ある東京を離れて山梨学院大付高での寮生活を送った。これも「野 球に専念したい」という自らの意志だ。

 高校二年の春。練習試合で初めて球速140キロを記録した。夢 だったプロが目標に変わった日から、その一徹さに拍車がかかる。 「友人からの遊びの誘いは、極力断った。第一に練習。暇があれ ば、野球のことを考えていた」

 高校三年の夏。進学を強く勧めていた両親に、苫米地らしい対抗 手段に出た。山梨大会で敗れた後も、まったく実家に帰らなかっ た。「寮に電話すると、負けた次の日から一人きりで練習している という。根負けしました」。明雄さんは苦笑交じりに振り返る。

とまべち・てつと
1981年9月22日生まれ。名古屋市出身。 185センチ、80キロ。右投げ右打ち。背番号54。山梨学院大付高。最 速142キロの速球とスライダー、フォークを武器に、力で押す投 球を目指す。中学3年の時、調布シニア(東京)のエースとして全 国選抜準優勝。高校では2年からエースだったが、甲子園出場はな かった。「野球では緊張したことがない」という強心臓も持ち味。

 プロ入りが決まった昨年末。小学時代から指導を受けた全員に、 丁寧な年賀状を書いた。かたくなな自分を、温かく見守ってくれた 人々の存在。「僕は幸せ者。本当に多くの人に支えられてきた」。 そう肝に銘じることで、野球への思いを新たにした。

 そして正月。またも実家には帰らず、筋力トレーニングと走り込 みを重ねた。「ドラフト6位だから。人が休む時にやらないと追い 付けない」。目標は大リーグの鉄腕、ノーラン・ライアン。プロと して追求する「鉄人」の姿が、すでに未来予想図に描かれている。

(加納)
 

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