中国新聞

2000/1/21

       〔4〕 
          2000年赤ヘル新人群像

           ドラフト5位  佐竹 健太投手(21)
 
「先発、中継ぎと、どんな場面でも一軍で貢献したい」。即戦力の期待がかかる左腕佐竹  

     ☆★広陵高時代の挫折 バネ★☆

 広島のエース佐々岡に、NKK時代の先輩星野(ダイエー)。左 腕佐竹が理想とする投手は、なぜか右投手が多い。「佐々岡さんの ようにチームに信頼され、星野さんのように大舞台でも動じない。 そんな投手になりたい」。プロで目指すのは、玄人受けする味のあ る投手である。

 そんな佐竹も、広陵高時代は140キロ台の速球を武器とした本 格派だった。当時のあこがれは、現在、米大リーグで活躍する伊良 部と野茂。このメジャーリーガーのように、直球で打者を空振りさ せることに快感を覚えていた。

 同高三年の一九九六年、夏の甲子園出場の最右翼で、自身もドラ フト候補に挙がっていた。しかし、広島大会4回戦で広島商に4― 5で敗れ、甲子園への道は絶たれた。さらに秋のドラフトでも指名 球団はなく、プロの夢も…。二重のショックを味わった。

 「自分に何が足りないのか」。だれも打つことができない速い 球、そればかりを追求してきた野球人生を、自問自答する日々が続 いた。失意のまま社会人のNKKに進む。だが回答はつかめない。 そんな時、先輩打者からのアドバイスが。「速球だけでは通用しな い」「150kを投げようが、ゼロに抑えないと意味はない」。こ れまでの投球理念を全面否定するものだが、温かい助言でもあっ た。

さたけ・けんた
1978年10月23日生まれ。北九州市出身。1 78センチ、78キロ。左投げ左打ち。背番号36。広陵高―NKK。広陵 高時代から注目を集めた左腕。NKKに入社し、99年の都市対抗に 三菱自動車水島の補強選手として出場。3試合に登板し、四強入り に貢献した。社会人3年間の公式戦の成績は28試合で11勝4敗、防 御率4・43。二岡(巨人)と福原(阪神)は広陵高の2年先輩。

 佐竹は変わった。速球以外にも、コースへ投げ分ける、技巧派の 一面も見せるようになった。「いかに打者の弱点をつき、打たせな いか」。投球テーマががらりと方向転換した。

 「今は点を与えなかった時の方がうれしい」。理想主義から現実 主義へ。三年前、自身に投げかけた問いへの回答を見い出し、夢を つかんだ。「先発、中継ぎどんな場面でも一軍で貢献したい」。晴 れ舞台での目標も、より現実的である。

(下手)

MenuBackNext