2000/1/21
☆★広陵高時代の挫折 バネ★☆ 広島のエース佐々岡に、NKK時代の先輩星野(ダイエー)。左 腕佐竹が理想とする投手は、なぜか右投手が多い。「佐々岡さんの ようにチームに信頼され、星野さんのように大舞台でも動じない。 そんな投手になりたい」。プロで目指すのは、玄人受けする味のあ る投手である。 そんな佐竹も、広陵高時代は140キロ台の速球を武器とした本 格派だった。当時のあこがれは、現在、米大リーグで活躍する伊良 部と野茂。このメジャーリーガーのように、直球で打者を空振りさ せることに快感を覚えていた。 同高三年の一九九六年、夏の甲子園出場の最右翼で、自身もドラ フト候補に挙がっていた。しかし、広島大会4回戦で広島商に4― 5で敗れ、甲子園への道は絶たれた。さらに秋のドラフトでも指名 球団はなく、プロの夢も…。二重のショックを味わった。 「自分に何が足りないのか」。だれも打つことができない速い 球、そればかりを追求してきた野球人生を、自問自答する日々が続 いた。失意のまま社会人のNKKに進む。だが回答はつかめない。 そんな時、先輩打者からのアドバイスが。「速球だけでは通用しな い」「150kを投げようが、ゼロに抑えないと意味はない」。こ れまでの投球理念を全面否定するものだが、温かい助言でもあっ た。
佐竹は変わった。速球以外にも、コースへ投げ分ける、技巧派の 一面も見せるようになった。「いかに打者の弱点をつき、打たせな いか」。投球テーマががらりと方向転換した。
「今は点を与えなかった時の方がうれしい」。理想主義から現実
主義へ。三年前、自身に投げかけた問いへの回答を見い出し、夢を
つかんだ。「先発、中継ぎどんな場面でも一軍で貢献したい」。晴
れ舞台での目標も、より現実的である。
(下手)
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