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監 督
古葉 竹識
初Vに導き 黄金期築く
― 合理的野球生んだ知将 ―

古葉
広島時代の最後となった試合で、ファンに別れを告げる古葉監督(1985年10月24日)

 ファンが古葉竹識に対して、思い浮かべるのは選手としてより監 督としての顔。選手時代に放った1369安打より、広島の監督時 代、積み重ねた711勝である。

 そしてその業績に対するの評価も、判で押したように決まってい る。「広島の黄金期を築いた名将」と東京都練馬区豊玉北の猪俣祐 司さんら多くのファンは、四度のリーグ優勝、うち三度の日本シリ ーズ制覇などの業績を寸評した。

 その登場からしてドラマがあった。一九七五年、ルーツ監督が、 わずか15試合で突然の退陣。その後を引き受け、初優勝に導いた。 三年連続最下位からのまさかの快挙。当時、中学二年生だった広島 県安芸郡海田町の年盛滋さんは「『本当に優勝したんですね』とい うセリフが強烈な思い出」との熱いメッセージを寄せた。

 機動力を中心とした「赤ヘル野球」で、いきなりリーグの頂点に 立った古葉監督は、ただ厳しさだけで業績を重ねたのではなかっ た。「耐えて勝つ」という戦術、戦略の一方で、ざん新なアイデア を次々と採り入れ、ファンを驚かせた。

 その一つが、スイッチヒッターの育成。「一塁まで右打者は、左 打者より二、三歩不利」。野球の唯一の不合理さに着目しただけで なく、実際に高橋慶彦、山崎隆造、正田耕三らを成功者に仕立てた ところに、指揮官としてのすごみがあった。

 さらにはオールラウンドプレーヤーの養成。「ベンチ入りできる 二十五人をいかに有効に使うか」との発想から、木下富雄らに幾つ ものポジションを任せ、幅広い戦術を可能にした。

 こうした合理的な野球は、いまや球界の常識として各球団に受け 継がれている。その意味では、古葉監督は近代野球の改革者。その 輝かしい実績と併せれば、球史に残る名将の一人と言えよう。

 ●選手活用できたから

 古葉竹識氏の話 野球を見る目の肥えたカープファンの方に、評 価してもらい感謝しています。勝っていくらの世界で勝つことがで きたのも、選手を最大限に活用することができたから。選手の頑張 りと、いつも後押ししてもらったファンのおかげです。

【監 督】 8人
(1)古葉 竹識 311
(2)ジョー・ルーツ 27
(3)山本 浩二 24
(4)阿南 準郎
(5)達川 光男
(6)三村 敏之
(7)根本 陸夫
(8)石本 秀一


【投手】 【捕手】 【一塁手】 【二塁手】 【三塁手】

【遊撃手】 【外野手1 【外野手2 【外野手3

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