'98/5/15
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不満や要望 調和を模索 −3つの言語 | |
現地管理職 橋渡し役に
タイ合弁生産会社(AAT)の塗装加工マネジャー、プラポート・ボングコジャマリーさん(36)は、ラジオ体操のメロディーで日本人従業員と一緒に体をほぐす。プラポートさんは、タイ語と英語のほか、日常会話なら日本語もこなす。プラポートさんら日本語のできるタイ人管理職が、マツダ出身者との橋渡し役を務める。
ラジオ体操の後、プラポートさんは部下のタイ人職長五人を集め、朝の職場ミーティングを開く。「既に量産に入っているという気持ちで、作業にかかってほしい」。日本人上司の指示をタイ語で伝える。AAT入社後の一九九六年十一月から八カ月間、マツダで研修を受けてきた。
AATでは日、英、タイと三種類の言語を話す従業員千二百人が働く。八割以上の約千人をタイ人が占め、百八十人が日本人。残りが米国や欧州などの出身者である。「社内公用語」は英語だが、フォードが担う経営部門は英語、マツダが受け持つ生産部門は日英両語、工場内はタイ語。場所によって違う言語が飛び交う。
「数が一番多いのに、なぜタイ語が公用語でないのか」。車体加工のマネジャー、ブンラート・プロムプッタチャートさん(43)は時々、タイ人の部下から不満そうに尋ねられる。「今はマツダとフォードに学んでいるんだから」と答える。タイ人従業員が実力を付け、将来はタイ語で仕事ができるようになれば、とも思う。 日英両語を話すブンラートさんは、生産部門に八人いるタイ人管理職で最年長である。同僚や部下から不満や悩みを打ち明けられる場合も多い。「トラブルが起きると、まず日本人だけで話をする」「タイ人への情報伝達が遅い」「なぜフォードの人だけ、制服を着ないのか」…。言葉や文化の壁は、まだ厚く、高い。 疑問や不満、要望を聞く試みが始まっている。経営側とタイ人従業員の代表七人ずつで構成する「共同協議委員会」。労働組合のないAATの労使が、意見交換する場である。四月八日の初会合では「経営側の指示だけでなく、従業員の声もくみ取る会社運営をしよう」と合意し、協議の継続を決めている。
「言葉の壁を抱える人間の集団だから、それぞれに不満はある。どのように調和させるか、模索の状態です」。協議委のメンバーでもあるブンラートさんは、AATの現状を正直に言い表す。異なる文化が交じり合っていく過程では避けられない道だ、とも受け止める。 タイ人管理職の多くは、日系他企業からの転職組である。自動車メーカーから移ったプラポートさんは「日米共同事業という新鮮さにひかれました」。組立加工のマネジャー、チッタメイト・パンドゥソポンサワスディーさん(35)は、電子機器メーカーから来た。前の会社はマネジャー全員が日本人だった。「上司が提案を受け入れるし、能力さえあれば登用される」。日米共同の企業だからこそ、と将来をかける。
佐伯俊秀社長(55)は、執行副社長や副社長ら幹部に対し「マツダでも、フォードでもない、新しい方式をつくりたい」と話している。AATは三つの言語と文化を巻き込みながら、新しい国際企業の姿を生み出そうとする途上にある。 |
