このシリーズに関心を抱く広島大総合科学部の客員教授、エイミ
イ・イワサキ・マスさん(アメリカ人)から質問された。
「日本の男性は、なぜ結婚するのですか」
そんなに深く考えたことはない。いささか面食らいながらこう答 えた。
「私と同じ四十代以上の場合は、みんなが結婚していたし、『す るものだ』と思っていた。なぜ、というところまでは…」
エイミイさんによると、アメリカでも一九五〇年代までは男も女 もそうだった。しかし、女性が権利に目覚め、社会に進出したこと で「結婚しない」選択も可能になった。そうすると、結婚を選ぶに しても「なぜか」を自分自身に問わざるを得なくなったという。
元結婚カウンセラーの広島市南区楠那町、岩田寿美さん(47)の話 と重なる気がした。「するか、しないか、するならなぜか。女性の 方が深く考えている」と岩田さんは言う。
「男性が結婚を考えるのは、そろそろ年だから、親が言うから、 信用がつくから…という漫然とした理由が多い。きちんとした結婚 観を持った人は十人に二、三人。だからそういう人が本気で来る と、女の子は逃しませんよ。最初の見合いで決まり」
岩田さんの話を実証するような電話が、安芸区船越一丁目、鉄工 所経営中岡善彦さん(54)からあった。
「真っ黒になって働く仕事、しかも長男。条件は悪かった。で も、親の夫婦げんかで夜も寝られないほどの思春期を過ごし、だか らこそ温かい普通の家庭を作りたい、と結婚に大きな情熱を持って いました」
今のパートナーにめぐりあって、その話をした。
「これまで会った男性は、親や世話人が勧めるから、とか、主体 性がなかった。あなたは違う」
話はまとまった。
結婚するのか、しないのか。それは個人の選択と決断だ。アドバ イスになるかどうか、二つの立場からの手紙を紹介してみる。 まず非婚派。
広島県東部の町で、十二年前に離婚して、成人した娘と十九歳の 息子を持つ主婦(44)だ。子供には「恋愛しても結婚するな」と言い 続けてきた。
娘に対しては、
「思いきり仕事をすると子供が犠牲になる。家庭に重きを置け ば、仕事はおろそかになり夢は小さく消えていく。両立は無理」
息子に対しては、
「収入はほとんど家族のために使われ、趣味に使うなんてもって のほか。身を粉にして働くだけ。何の楽しみがあるの」
ここまで言うのは、裏切られたという思いが残る結婚体験があ り、周囲の四十男の疲れ切った顔を見ているからだ。
自身には、好きな人がいる。いい関係だ。
「でも一緒に暮らしたいとは思いません。一定の距離を置く方が 思いやりも持てるし、必要以上に束縛もない。会っている時は安ら げ、こういう関係が一番いいかなと思います」
そして、初めから一人なら割り切って老後を考えられるのも非婚 のメリット、と付け加える。
結婚支持派の声も聞こう。
結婚して八年になる出雲市知井宮町の主婦(33)だ。高校教師を辞 めて家庭に入った。子供は三歳。
「結婚前も幸せだったし、後も幸せ。子供が生まれる前も幸せだ ったけど、後も幸せ」と、春風が吹いているような文面だ。
結婚前にはすさまじい葛藤(かっとう)があった。家庭とは両立 しないからと仕事を捨てた。そればかりではない。彼の方は何一つ 失わないのに、自分は家族も、親友も、収入もすべて失うではない か…。後悔の中での結婚式だった。
しかし、自分をきちんと受け止めてくれる夫だった。仕事に向け たのとは別の生きがいを得た。「一生懸命愛情を注いだら、それだ けのものがきっちり返ってくる」世界だった。
「穏やかで平凡な毎日が過ぎています。仕事をしていたころの緊 張感を懐かしく思い出しますが、いったん捨てたものは振り返りま せん。ただ子供の手が離れたら仕事ができるよう磨きはかけておく つもりです」
なぜ結婚するか、が問われる。
一緒にいるぬくもりを得たいのか。欠落を埋め合おうとするの か。
人格をぶつけあって自らが人間的に成長することを期待するの か。愛情を注ぎ、生きる張り合いを与えてくれる家族を得たいから か。または好奇心からか。
心理学者の河合隼雄さんは、村上春樹さんとの対談で比喩(ひ ゆ)的に「苦しむために結婚する」と言っている。心理コンサルタ ント富田隆さんは、近著で「あえて苦労をする物好き結婚」の勧め を説く。
さまざまな結婚観がある中で、いつの間にかずるずると非婚、と いう人生は、少し受け身に過ぎる。立ち止まって、自分の内なる声 に耳を澄ませてみよう。心は何を求めているのか。そこから、自分 なりの結婚観、さらには戦略が生まれてくるはずだ。(石田信夫記 者)