2001/2/6
◇祖父の故郷で飛躍決意◇ 一見してブラジル人と思う人は少ない。日本語は流ちょう。新聞もほとんど読めるが、「文化も違うし、日本は時間厳守。女性トイレに間違えて入り、悲鳴を上げられたこともある」と笑う。三年前に来日したブラジル少年は数々の試練や失敗を乗り越え、自ら道を切り開いた。
サンパウロ州パルメイラ・ドォエステという人口一万人余の町に生まれ、当たり前のようにサッカーに興じた。「みんなそうです」。一つ違ったのは、日本の高校からスカウトされたことだった。 「夢はブラジル代表だったが、現実には難しいと思っていた」。そんな矢先だっただけに、悩む時間は必要なかった。「自分の決心が一番だ」と、家族も賛成した。祖父にとって日本は異国でなく母国。開拓者一家であることを意識した。 来日後、ホームシックになった。家族への連絡は電話料金を考え、月一度の十分間としたことも寂しさを募らせた。涙は流さなかった。泣きそうになると、一人で練習した。「悔しい時、悲しい時に、どれだけ自分をプラスにできるかを意識し続けた。僕は頑張った」 昨年十一月の全国高校選手権千葉県予選決勝。悲哀の中で練習したFKで決勝点を奪い、勝った。母校は初の全国大会だった。直後、Jリーグや大学の勧誘が殺到した。「サンフレッチェに決めたのは、大切にしてくれそうなチームだし、本拠地が広島だったから」 祖父が離れた地に舞い戻った今、新たな決心もした。「日本国籍を取得したいと思っています」。首から下げた聖母マリア像の写真を手にした決意表明。そこには、七十年の時を超えた祖父と同じ開拓者魂が支えにある。
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