中国新聞社
 

2001/2/6

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開拓魂宿る 日系3世  
DF(23) トゥーリオ

◇祖父の故郷で飛躍決意◇

 一見してブラジル人と思う人は少ない。日本語は流ちょう。新聞もほとんど読めるが、「文化も違うし、日本は時間厳守。女性トイレに間違えて入り、悲鳴を上げられたこともある」と笑う。三年前に来日したブラジル少年は数々の試練や失敗を乗り越え、自ら道を切り開いた。

マルクス・トゥーリオ・ユウジ・ムニザニ・タナカ
1981年4月24日生まれ。185センチ、80キロ。千葉・渋谷幕張高校。「ラモスさんや呂比須さんとも違う今までにないタイプの選手になる」
 日系三世。昭和初期の七十二年前、祖父が現在の廿日市市から地球の裏側に移住した。当時、十一歳で牧場開拓に明け暮れた祖父から、日本の話を聞いたことはある。「祖父の話とは全然違っていた。七十年以上も前のことだから」

 サンパウロ州パルメイラ・ドォエステという人口一万人余の町に生まれ、当たり前のようにサッカーに興じた。「みんなそうです」。一つ違ったのは、日本の高校からスカウトされたことだった。

 「夢はブラジル代表だったが、現実には難しいと思っていた」。そんな矢先だっただけに、悩む時間は必要なかった。「自分の決心が一番だ」と、家族も賛成した。祖父にとって日本は異国でなく母国。開拓者一家であることを意識した。

 来日後、ホームシックになった。家族への連絡は電話料金を考え、月一度の十分間としたことも寂しさを募らせた。涙は流さなかった。泣きそうになると、一人で練習した。「悔しい時、悲しい時に、どれだけ自分をプラスにできるかを意識し続けた。僕は頑張った」

 昨年十一月の全国高校選手権千葉県予選決勝。悲哀の中で練習したFKで決勝点を奪い、勝った。母校は初の全国大会だった。直後、Jリーグや大学の勧誘が殺到した。「サンフレッチェに決めたのは、大切にしてくれそうなチームだし、本拠地が広島だったから」

 祖父が離れた地に舞い戻った今、新たな決心もした。「日本国籍を取得したいと思っています」。首から下げた聖母マリア像の写真を手にした決意表明。そこには、七十年の時を超えた祖父と同じ開拓者魂が支えにある。

<7>GK(21) 林 卓人
<6>DF(22) 河野 淳吾
<5>MF(24) 西島 弘之
<4>FW(16) 梅田 直哉
<3>MF(32) 李 漢宰
<2>FW(31) 寺内良太

 

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