中国新聞
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日時会場中継サイト対局結果
第1局2月11日(日)岩国市・岩国国際観光ホテル棋譜再現へ115手で佐藤棋聖が先勝
第2局2月24日(土)金沢市・金沢ニューグランドホテル北國新聞社109手で森内棋王の勝ち
第3局3月10日(土)新潟市・ホテルイタリア軒新潟日報社佐藤棋聖が79手で勝ち、
タイトル奪取に王手
第4局3月23日(金)東京都渋谷区・将棋会館共同通信社森内棋王が65手で勝ち、最終局へ
第5局3月28日(水)東京都渋谷区・将棋会館共同通信社佐藤棋聖が105手で勝ち、棋王位を奪取
佐藤棋聖が先勝 五番勝負第1局
中国新聞創刊115周年記念

 将棋の森内俊之棋王(名人)に佐藤康光棋聖が挑戦する第32期棋王戦(日本将棋連盟、中国新聞社主催)5番勝負第1局は十一日、岩国市の岩国国際観光ホテルで行われ、午後七時三十分、115手で先手の佐藤が勝ち、初の棋王獲得へ向け、好スタートを切った。

 持ち時間各4時間のうち残りは両者ともに1分。

 第2局は二十四日、金沢市の金沢ニューグランドホテルで指される。

【写真説明】棋王戦第1局で、挑戦者の佐藤棋聖(手前左)が第1手を指す。手前右は森内棋王


 <第1局経過>

 振り駒で後手になった森内は、流行の1手損角換わりで開幕局に臨んだ。1筋を突き合った佐藤は早繰り銀を選択。居玉のまま3筋の歩を交換した。

 森内が銀を5段目に上がる大胆な一手で応じると、佐藤は熟考で敵陣に角を打ち込んだ。手数こそ少ないものの一触即発の変化を含んだ緊迫の局面で昼食休憩を迎えた。

 午後、予定変更でもあったのか、森内は5段目に進出した銀を退却させ、佐藤は早繰り銀をさばいて2歩を手にした。

 控室では先手十分の分かれと見られていたが、森内が自陣角から飛を2筋に転換させたあたりから混戦となった。終盤は時間の切迫もあり、優劣が幾度か入れ替わったが、森内の挟撃をしのいだ佐藤が最後は即詰めに討ち取った。

◇     ◇     ◇

■最後に詰み発見

 佐藤棋聖の話 (先手になれば)角換わり戦法もあるかなと思っていた。途中は自信がなかったが、最後に詰みを見つけられた。第2局もいいコンディションで臨みたい。

■時間がなかった

 森内棋王の話 優勢の場面もあったと思うけど(敗戦は)仕方ない。時間がなく、ミスがあったのもやむを得ない。次は気を取り直して頑張ります。


「故村山九段との対局 糧」 佐藤棋聖、ライバルしのぶ

 棋王の初タイトルを目指し、5番勝負の第1局を制した佐藤康光棋聖(37)は、広島県府中町出身で、「怪童」と呼ばれた同い年の故村山聖(さとし)九段とはライバルだった。「彼に負けて悔しかった経験が糧になった」。村山九段の古里に近い岩国市の対局場で、喜びをかみしめた。

 村山九段は腎臓の機能障害と闘いながら、十七歳でプロになった。終盤の鋭い寄せと、人一倍の努力で二十五歳で八段に昇段した。将来を期待されたが、病状が悪化。一九九八年八月、二十九歳で亡くなった。功績をたたえ、翌日、九段が贈られた。府中町では二〇〇二年から、「村山聖杯怪童戦」を毎年八月に開き、その名を残す。

 佐藤棋聖は、村山九段から一年遅れてプロ棋士になった。対戦成績は五勝四敗。病に苦しみながらも、闘志をむき出しにする村山九段との対局を「将棋に打ち込む姿勢がすさまじく、勝ちへのこだわりは勉強になった」という。

 この日の対局について、佐藤棋聖は「押し引きの多い将棋だったので、切れ味が特徴の村山さんには物足りなかったかもしれない」と、笑顔で振り返った。(今井健太)