福山の2児殺害 発達障害 追い詰めるな
'06/11/9

 福山市で三十四歳の母親が長男(5)と二男(3)を殺害した。発達障害の二男の子育てに悩んだのが動機とみられる。「私だってこの子を殺して死のうと何度思ったことか。みんなも同じ」と広島県東部子どもの療育を守る親の会のメンバーは言う。障害の子を持つ親が追い詰められない社会はどうしたらつくれるのか。

 暴れる。奇声をあげる。一つのことに執着したらほかが見えなくなる。道を歩き始めたら夜中になっても止まらない…。

 発達障害の子の行動は常識からは理解しがたい。外からは「しつけのできていないわがままな子」と映る。親は必死で常識の枠内に引き戻そうとするが、子からの思わぬ抵抗を受け、疲れ果てる。あげく殺意さえわいてしまう。多くの親がたどる道筋だ。

 とりわけ幼児期はつらい。専門家のアドバイスに従いつつも、一方で「診断は本当だろうか。治るのでは」と現実を受け入れられない。果てしない葛藤(かっとう)が続く。

 先の母親も、おそらくこうした渦の中にあったのだろう。心の危機を脱することができず最悪の結末を迎えた。

 母親を知る人たちは「もっと話を聞いていたら」という苦い思いを抱いている。落ち込んだ時に救いになるのは、同じ境遇の人とのおしゃべりだ。それで解決はしないがもやもやを吐き出して楽になる。悲劇を防ぐ安全網としての「しゃべり場」づくりが工夫できないだろうか。

 社会システムがうまく働かなかった点にも悔いが残る。県福山こども家庭センターは、夫の相談を受けて母親と接触しようとしたが拒まれた。「せめて母と子だけにしないようにできなかったか」との反省が漏れる。どうすれば防げたか当局の検証を待ちたい。

 しかし問題の根にあるのは、発達障害を「親のしつけのせい」とみる無知と偏見だ。専門家は「彼らは独特の認知パターンを持つ宇宙人」という。とすれば発現率6%の異文化がこの社会に存在することを知るのが先決だろう。

 細長い物が大好きな発達障害の子が、ジュースを飲んでいた女性に駆け寄ってストローを奪おうとした。女性は「ああこれが好きなのね」と渡してくれた。母親は泣くほどうれしかったという。

 異文化を知れば、それを尊重する文化も生まれる。ストロー女性のような対応も可能になろう。母親も追い詰められずに済む。




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