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行き過ぎの印象は否めない。総務省が各地の総合通信局に放送局の幹部を呼んで、「当落報道は慎重に」と要請した。それも、参院選公示の当日にである。
要請書は「結果の誤りが関係者に多大な影響を及ぼす」と理由に触れる。同様の書面は一九九五年の参院選から、民間のテレビ、ラジオ局とNHKに出してきたという。今回は「直接丁寧に指導するよう」と注文を付け、出先に責任者を呼び出して手渡すケースが増えた。
「指導ではなくお願い」と総務省は説明する。一歩踏み込んだのは、従来一、二件だった当落の誤報が、二年前の衆院選で二十数件に上ったからだという。しかしこれは説得力を欠くのではないか。
当落予想を誤って最もこたえるのは、放送局と担当者である。視聴者、選挙関係者に加え、同業者にも恥をかく。かつて当選確実を打ち間違えた地元局は、勉強会を重ねて再発防止を期したという。国に言われるまでもない。
免許交付の権限を持つ総務省が呼びつけたとなると、「圧力」につながりかねない。中国地方の放送局も「いい気はしない」「役所が過敏になっていると感じた」と受け止める。
国の強権的な姿勢が目に付く。菅義偉総務相はNHKの国際放送で拉致問題を取り上げるよう放送命令を出した。継続審議にはなったが、放送局への管理を強める放送法改正案も国会に提出された。
放送局側にも問題はある。人気番組のデータ捏造(ねつぞう)や不二家の不祥事報道では、ずさんな制作実態や取材の不十分さが明るみに出た。その後の対応もお粗末で、視聴者の信頼を失った。そうした視聴者の不満に国が便乗して、介入を強めている感もぬぐえない。
選挙報道は出口調査の精度が上がったこともあり、投票終了と同時に当確を打つテレビ局も珍しくなくなった。ミスのリスクは放送局が当然負う。当確報道のスピードだけを競いがちな現状には賛否もあろう。ただそれは、有権者である視聴者と放送局とが折り合いをつけていく課題である。陣営が当落を見極める材料は、メディアの報道ではなく、開票結果そのものである。
総務省は、憲法で保障された表現の自由に切り込んではいない。だが監督官庁が直接、言わずもがなの要請をするという構図は、現場の委縮を招きかねず、見過ごすわけにはいかない。
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