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過ちに向き合う姿勢に欠けた幕引きで、許されることではない。戦時下最大の言論弾圧とされ、冤罪(えんざい)の疑いが色濃い横浜事件の元被告五人(いずれも故人)の再審で、最高裁がきのう元被告側の上告を棄却する判決を下した。
刑の廃止や大赦を理由に、有罪か無罪か判断せず裁判自体を打ち切る「免訴」判決が確定し、裁判は終結する。司法が、言論弾圧に加担した自らの責任直視を避けようと、法律論に逃げ込んでしまったようだ。行政や政治の行き過ぎにブレーキをかけ、人権を守る役割は、どんな時代でも変わらない。
真相に迫るよう努力できたはずだ。覚悟がなかったのだろうか。国民からかけ離れた態度では、裁判員制度の導入で掲げる、開かれた司法の目標がかすんでしまう。
横浜事件(一九四二―四五年)は、特高警察のでっち上げだったことが研究者の定説になっている。検閲を経て雑誌に載った論文が共産主義の宣伝とされるなどで、治安維持法違反容疑で編集者ら六十人以上が逮捕された。四人が獄死するなど、過酷な拷問による自白の強要があったとされる。
「生かしちゃ帰さぬから、そう思え」と言われ、数人に竹刀、こん棒で全身をめった打ちにされ、失神すると水をかけられ、また殴られた…。証言から浮かぶのは信じられないような捜査の実態だ。取り調べた警察官三人は戦後、特別公務員暴行陵虐罪に問われ、有罪が確定。拷問が行われたことは明らかになっているといえる。
再審一審の横浜地裁では、元被告が生前に証言したビデオなど証拠調べも行われた。真相解明への期待も膨らんでいたことだろう。
それでも、元被告側が求めていた無罪判決による名誉回復は実現しなかった。「免訴で逃げず、間違った裁判をただして謝罪を」。そう願っていた遺族らの無念は察するにあまりある。四次にわたる請求を経て、ようやく再審にたどり着いただけに、なおさらだ。
警察側が勝手に作ったシナリオに基づき、無実の人に虚偽の自白を強いる―。決して過去の出来事ではない。鹿児島県議選をめぐる冤罪事件は二〇〇三年に起きた。任意調べ中に家族の名前を書いた紙を踏ませる「踏み字」で自白を強要したこともあった。
悲劇を繰り返さないためにも、過去に学ぶ必要がある。汚点を自らぬぐう機会を失っただけではない。新たな汚点を重ねたことを司法は心に刻むべきである。
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