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国は責任を果たしているのか、そんな叱責(しっせき)の声が聞こえてくるようだ。広島地裁がきのう下した原爆症認定訴訟の判決である。
肝炎や肝硬変など五人の病気を原爆症と認定した。その上で、国が審査の際に必要な措置を取っていなかったとして、一連の集団訴訟で初の国家賠償も命じた。
全国の地裁と高裁での国の敗訴はこれで十五回連続となった。もはや猶予は許されない。昨年四月に取り入れた新たな認定基準の再見直しを含め、認定はどうあるべきか、根本から考え直す必要があるのではないか。
今回焦点になったのは、新たな基準でも認定申請がすべて却下された五人と、一部の病気が却下された二人についての判断だった。広島地裁は、国が評価の物差しとしている科学的な知識について、有効だが絶対視はできないと指摘した。一般の人を納得させられるぐらい合理的に説明ができるのなら認定できる、と救済の枠を広げる考えを示した。
新たな基準でも認められなかった病気の一つが肝機能障害。今月十二日の東京高裁に続いて、今回も認定された。司法から「新基準はなお不十分」と突き付けられたようなものだ。基準の見直しは避けられまい。
判決はさらに、根本にある国の姿勢を問題にしたといえそうだ。原爆症と認定される被爆者はずっと全体の1%にも満たなかった。どれだけ国が認定の枠を狭めてきたかの証しだろう。「ふるい落とす」ことを重視したような従来の審査でいいのかと、これまでの司法判断より厳しく問い掛けているようだ。
国は考え方を切り替えなければならない。被爆したことと病気に関係がありそうなら、原爆症と認める方向で判断する。「疑わしきは被爆者の利益に」を基本にした積極救済へと転換すべきだろう。
国に決断を迫る姿勢は、原爆症と認定した五人のうち三人について国家賠償を認めている点にうかがえる。
原爆症と認定するかどうかを審査するのは、専門家を集めた医療分科会だ。しかしその意見に従って機械的に可否を判断するだけでは、国としての義務を十分果たしたことにはならない。判決は、そう述べている。
一人一人の被爆者の急性症状を軽視していないかなど、分科会の審査をチェックする必要があったにもかかわらず、それを怠っていたとして、慰謝料の支払いを命じた。国の責任を示している点で、これまでの司法判断より大きく踏み込んでいる。
国の動きが鈍いのが気になる。五月に予定されている大阪、東京での高裁判決を待って基準見直しの是非を判断したい、との考えもあるようだ。
しかし、集団訴訟が始まって六年。提訴した全国の被爆者約三百人のうち六十人以上が既に亡くなった。病気と闘いながら年を重ねている人も多い。一日も早い決断が国に求められる。
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