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県境と道州制 '08/8/24

日本で県の数が三十五しかなかった時代があったことを「日本全国『県境』の謎」(浅井建爾著)という本で知った。「県境」をキーワードに、地方の姿の変遷をおもしろく解説してある▲明治の新政府は強力な中央集権国家をつくるために廃藩置県を進めた。小さな器では財政力が弱いとして、当初は三百二もあった県の統廃合を繰り返した。中国地方では、現在の鳥取県は島根県に吸収され、東西三百五十キロもの細長い県ができた▲鳥取側の住民の反発は大きく、結局、二県に分離することになる。他の県でも住民の分離運動が相次ぎ、一八八八年に県の数は現在の四十三で確定した。明治の話だから住民の意向など無視した改革と思うかもしれない。ところが県境には案外、住民の強い意志がこめられていたのである▲中央ではここ数年、道州制の議論が盛んだ。分権を担える自治体を、という大義名分はある。一方で、財政難の行政を効率化させようという思惑がのぞくところは、明治と共通点もある。道州の区割り案もいくつか登場しているが、地方の議論を尽くさないまま進めたのでは、歴史に学んだことにはならないだろう▲殷鑑(いんかん)遠からず。遠い過去を探さなくても、お手本は前の時代にちゃんとある、という意味の言葉を思う。




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