2000/7/14

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連  携  なお一般戦災者と溝

組織もなく  難しい交流

 受話器の向こうで女性は声を張り上げた。「どうして被爆者ばかり優遇されるのですか。私よりずっと元気そうな人もいるのに」

 昨年暮れの広島市介護保険室。女性は前夜あった介護保険地域説明会で「被爆者については現行制度より後退しないよう国と交渉している」という市の説明を聞き、憤りをぶつけてきた。

「被爆者はいいね」

一般戦災者との連携を図ろうと、広島平和会館が実施したアンケートの回答に目を通す宮崎さん
 応対した職員は「放射能の影響など、原爆被害の特殊性をいくら説明しても納得してもらえなかった」と振り返る。医療費の自己負担分の公費負担などで、被爆していない人の間に以前からあった「被爆者はいいね」という声が介護保険でもささやかれた。

 「原爆被害の特殊性も分かる。だが、悲惨さでは原爆も空襲も同じように思えてならない」。福山大空襲による焼け野原を間近に見た福山市の会社役員竹内信夫さん(75)は疑問を投げ掛ける。

 「一般戦災者との均衡」―。この言葉は、被爆者の悲願である「国家補償の精神に基づく被爆者援護法」の前に常に立ちふさがってきた。中でも一九八〇年に厚相の私的諮問機関、原爆被爆者対策基本問題懇談会が出した「援護法は一般戦災者との均衡を欠く」との意見書は、「国家補償の援護法」実現を一層遠のかせた。

 だからこそ、日本被団協や広島県両被団協などの被爆者団体は、一般戦災者との連携を運動の軸の一つに掲げてきた。特に連携へのさまざまな取り組みが見えたのは、九四年暮れ、今の被爆者援護法が成立した前後だった。

共に補償呼び掛け

 同年十一月から、社会党広島県本部と県原水禁は、伊藤サカエさん(故人)が理事長だった県被団協の協力で福山市と呉市の空襲を調査。九六年には、原爆被害者福祉センター広島平和会館が全国各地の空襲を記録する会などにアンケートを実施した。

 九四年に広島平和会館が発行した冊子「なぜ国家補償を求めるのか」。この中の「一般戦災者も補償を」と題された項には「比較的調査の行き届いている被爆者を突破口にして、国は一般戦災者にも国家補償に基づく援護を実施すべきだ」と書いた。空襲で被害を受けても何の補償もない高齢者や子どもなど、弱い立場の人々と被爆者とを重ね合わせる。

均衡論打破へ努力

 しかし、アンケートの結果、「空襲を記録する会」などはあるものの、被害者団体や遺族団体はほとんど見つからなかった。冊子を編集した広島県原水禁代表委員の宮崎安男さん(71)は「政府の言う均衡論を打ち破るためにも、何とか一般戦災者と連携しようと努力した。一部の戦災者とは交流できたが、被害者団体がない所は難しかった」と説明する。

 結果的に一般戦災者との連携はできないまま被爆者たちは新たな世紀を迎える。

 県被団協事務局次長の近藤幸四郎さん(67)は自省を込める。「これからは、一般戦災者はもとより世界の核被害者とも連携が一層求められる。それに目を向けない運動では、いずれ『化石の運動』になってしまう。世紀が変わる今、まさにそうした観点から、取り組みの総括をしなければならない」

(佐藤泰造、持田謙二)
=第1部おわり=


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