中国新聞社
Hiroshima 2003 (English)

2003.8.6

「力の支配」に警鐘 ヒロシマ祈りの日
 広島はきょう、鎮魂の日を迎えた。一発の原爆がこの街を焼いた「あの日」から58年。「安らかに眠って下さい 過ちは 繰返しませぬから」。広島市中区の聖地・平和記念公園の原爆慰霊碑前には、未明から祈りの人が訪れている。
 米中枢同時テロ以来、21世紀は再び、暴力と報復が連鎖する「戦争の世紀」になった。アフガニスタン空爆に続き、米国はイラクに戦争を仕掛け、「放射能兵器」と呼ばれる劣化ウラン弾をも使った。
 こうした戦禍の絶えない世界情勢に、広島市の秋葉忠利市長は、平和記念式典で読み上げた平和宣言で「力の支配」ではなく、国際社会のルールに即した「法の支配」と「和解」の重要性を訴えた。
 慰霊と継承、そして、平和の発信。時代は移ろえど被爆地の使命は変わらない。が、広島市の被爆者の平均年齢が71歳を超えた今、1945年8月6日の「継承」は急務となっている。
2003/08/06/00:20
【写真説明】「ヒロシマを子に伝えるのは親の役目です。毎年、未明に来ています」。2人の息子と慰霊碑に手を合わせる広島市中区吉島新町2丁目の会社員遠近忠さん35歳

2003/08/06/00:40
【写真説明】「今年も来たよ」。祖父の霊に線香をたむける広島市安佐南区東野3丁目、自営業西岡恒さん53歳と妻の百合子さん52歳

2003/08/06/00:55
【写真説明】原爆慰霊碑前には、6日午前零時から花や線香を手に肉親の霊を弔う人たちが続いた

2003/08/06/06:25
【写真説明】「もういいでしょ。もういいよね…」。慰霊碑のそばを離れようとしない母に、何度も語りかける娘。「死体をまたいで逃げました」と、つらい思い出を話してくれた

2003/08/06/06:40
【写真説明】「あの日」のような暑い日差しが降り注ぐ中、「被爆の証人」の前を通って、平和記念式典に向かう人たち

2003/08/06/06:55
【写真説明】「原爆の子の像」には、児童・生徒らが次々に折り鶴をささげている。今月に入って、像の周囲にある折り鶴台が放火され、14万羽を焼失するという悲しい事件もあった

2003/08/06/08:05
【写真説明】原爆死没者慰霊式・平和祈念式(平和記念式典)には4万人が参列。流れる汗と涙…被爆者と遺族が求めるのは真の平和だ

2003/08/06/08:15
【写真説明】原爆投下時刻の午前8時15分。参列者は、静かに目を閉じ、犠牲者のめい福と恒久平和を祈った

2003/08/06/08:15
【写真説明】原爆と戦争で、夫と妹2人、しゅうとめの計4人を失った丹田カズヨさん87歳。「あの日のことは忘れようと思っても忘れられません」=上
 仏間に集まりお経を唱えた後、平和記念式典のテレビ画面を見つめる高齢者たち。「暴力でなく対話を」―。こども代表の「平和への誓い」に、何度も小刻みにうなずいた(広島市中区の広島原爆養護ホーム「舟入むつみ園」)=下

2003/08/06/08:15
【写真説明】運転士の「8時15分になりました」の合図で乗客19人が一斉に黙とうした。広島駅発江波行きの電車(広島市中区の十日市交差点)

2003/08/06/11:00
【写真説明】被爆者の気持ちになって黙々と急な坂を上る「あるきんぐ」の参加者(広島市西区田方1丁目)

2003/08/06/12:20
【写真説明】生き残った者にすら罪の意識を植え付ける「原爆」とは何なの?―。舟入高演劇部の劇「月までとどくはしご」の問いかけは重い。(広島市中区のYMCA本館)

2003/08/06/19:40
【写真説明】「母さん、今年も来ました」「平和な世に」…。灯ろうに託し、色とりどりの思いが川面に揺れた(平和公園の元安川護岸)