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原爆の記録鮮明226枚 初カット166枚入手 '03/6/20

map 広島市の広島平和文化センターは十九日、広島原爆の惨状を記録した写真二百二十六枚を米国立公文書館カレッジパーク分館(メリーランド州)から入手したことを公表した。日米両政府の交渉で被爆地に戻ってきた「米軍返還資料」(一九七三年)以来のまとまった枚数と鮮明な記録写真であり、被爆の実態の空白部分を解明する貴重な資料といえる。

 米軍が原爆投下の四五年八月六日直後の十日から四六年八月にかけて空撮した九十五枚、九月八日に広島入りした後の地上撮影が六十二枚(うち一枚は日本側の撮影とみられる)。投下前は、四五年二月十六日から七月二十五日にかけて空撮した六十九枚。計二百二十六枚のうち、百六十六枚が被爆地にとっては初入手となった。 pic

 これまでの公開分にない角度から爆心地を撮り、広島デルタの半径約二キロに及んだ全壊・全焼地域の際が分かるよう低空撮影していたのが特徴。

 広島駅(南区)付近や、比治山で遮られた段原地区(同)、市内電車が通る皆実町(同)、広島工専(広島大)があった千田町(中区)、畑が点在した中広町(西区)。従来はっきりしなかった各地区の焼失の境が、今回の写真からは識別できる。

 また、他の撮影地点も「返還資料」にないものが含まれ、住宅街の白島地区(中区)の全焼が明りょうに写されている。米軍が初めて使った「原爆の効果」の調査に力を入れていたのが、あらためてうかがえる。

pic 一連の写真は、空撮の映像フィルムとともに購入した国立広島原爆死没者追悼平和祈念館(中区の平和記念公園内)で七月から順次、公開される。また、原爆資料館と、広島大原爆放射線医科学研究所の早川式彦教授(疫学)の研究室で、被災解明の研究資料として活用される。

【写真説明】(上)元安川(中央)から東に向かって見た中心街の惨状。比治山(右上)に延びるのは平和大通りとなった防火地帯 (下)現在の中心街。左は平和記念公園。真ん中の建物が原爆資料館


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