'99. 9.20
 ある中学校の現場から

 校長の思い 

少しでも子供のそばに


(18)
PHOTO
 放課後のグラウンドは暑かった。片隅で、野球部の練習を見つめている男性がいた。頭に日よけの手ぬぐい。地面に新聞紙を敷き、その上に体育座りをしていた。顔がよく見えぬ。保護者だろうか。地域の人か。

 校内アナウンスが入った。「校長先生、お電話です」。男性は立ち上がり、校舎の方へ駆けて行った。校長の田島亮一(55)である。翌日も、田島を見た。今度は朝礼台にちょこんと座り、陸上部の砲丸投げの練習に見入っていた。

 「なるべく子供の近くにいたいんよね」と田島は言う。校長の仕事は幅が広い。設備の充実を求めて市教委に足を運び、行事があるたびに地域を訪ねる。会議も多い。校内の草抜きや溝掃除も守備範囲。忙しいが、生徒と接すれば力のもとになる。

 現場のことは教員に任せてある。みんな、頑張ってくれている。おかげで風紀の乱れもない。全体的に落ち着いている。あのころ、こんな日が来るのを想像できただろうか―。田島は、約二十年前を振り返った。

登場人物
 当時、この学校の一教師だった。学校は荒れていた。教室を抜け出す子供と追いかけっこの日々。じっくりと向き合う余裕などなかった。あの苦しさは、二度と味わいたくない。学校が荒れると、子供から表情が消える。この安定が、続いてほしい。子供たちの笑顔を常に確かめていたいと、田島は思う。

 八月半ば、吹奏楽部のコンクールの日。人けのない学校で、田島は時計を見上げた。「あと三十分じゃね」。もうすぐ、わが校の出番が来る。見に行きたいが、学校を無人にはできない。「ぼくの分まで、よく見ておいてよ」。会場に向かおうとする私たちに、田島は何度も言った。

(文中仮名。写真と本文は関係ありません)

<教師アンケートの回答から>
 若手との世代のギャップは? つまづくことを知らずにきた人に出会うことが多い。子どもの悲しみや苦しみを受け止めたり、寄り添う力のなさを感じることも。(52歳 男・小学校長)▽一杯飲みながら話をしようと思うが「車だから」と断られてしまう。(54歳 男・中学校長)


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