| '99.10.18 |
| 学級崩壊の現場から |
―《3》―
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保護者も同じ危機感 |
たまごっち、プリクラシール、マンガ、水鉄砲、そして音の出るセンサー付きぬいぐるみ…。遊具の品評会のような教室でも、制約しない姿勢を貫いた。「本当はどこから手をつけていいのか。試行錯誤だけだった…」。そんな本音は胸の内にしまい込んだ。 疲れきって家に帰った大中の支えになったのが妻の美恵子。「今こそ、あなたの腕のみせどころじゃないの」と励ましてくれた。つらいとは、たびたび思ったが、辞めたいとは感じなかった。負けてたまるか、この子たちの性根はいいに決まっている、と思った。 跳び箱の時間に、「腕立て前方転回」と呼ばれる難易度の高い技をやって見せたことがある。「もしものことがあったら、一人五百円ずつの香典を持って来い」。そんな前置きも忘れなかった。なかなか体育に興味を示さない子どもたちに対して、体育教師としての意地でもあった。 「腕立て前方転回」の日から、大中への呼び方は「おっさん」から「せんせい」に変わった。だが、子供たちの、警戒するような視線に変化はなかった。 初めての学級懇談会。いつもなら十人も参加すれば御の字だが、七割を超える二十五人が集まった。夫婦そろって来た家庭もあった。十個用意したパイプいすを、急きょ増やした。 「まさに、すし詰め状態でしたね」。勇介の母の麻由美は振り返る。やはり、親も今の状態ではまずいと思ったのだろう。「保護者からいろいろなことを教わりたい。交信したい」と言う大中の訴えに、麻由美たちもうなづいた。 「今度の先生は、ちょっと違うのでは…」。そんな期待が込められていた。 (文中仮名。写真と本文は関係ありません)
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