| '99.10.25 |
| 学級崩壊の現場から |
―《10》―
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情報共有し息合わす |
学級通信を読めば、大中和一(44)の指導方針が見える。どの子も気兼ねのいらない、居心地のよいクラスにしたい。褒める時もしかる時も、真っ正面から。妥協や迎合はしない。大中のメッセージを理解し、足並みをそろえて子どもに向き合おうと、小山は思った。 子どもたちは、教師や大人への不信感を募らせてきた。だから大中を見る目も厳しい。「次の先生も私らに合わん。授業中、ちょっと話をしたら大声で怒るんよ」。最初のころは、そんな愚痴も聞いた。小山は、こう投げ掛けた。「そりゃあ、あんたらが悪いよ。授業を聞いとる子もいる。その邪魔をしていいかね」。翌日、その子が報告に来た。「今日は、静かにしといたよ」 いつしか、全職員の視線が、六年一組に注がれるようになった。きっかけは、大中が朝一番に同僚や事務職員、給食調理員に配って歩いた学級通信。この情報をもとに「子どもに声を掛けようね」が、みんなの合言葉になった。「花壇の草抜き、頑張ったんだって?」「給食、きれいに食べたね」。そんな声かけに、無表情だった子どもたちが、照れ笑いを見せるようになった。 隣りの二組の担任、有馬千里(43)は、大中の良きパートナー。毎朝、「頑張ろう!」と声を合わせ、教室に向かった。互いに気付いたことは報告し合う。教室を抜け出す子は、連携して追いかけた。大中が、通信作りや家庭訪問に追われていると、有馬は自作の学習資料を一組の分まで印刷し、大中の机に置いた。 教頭平尾康子(53)は、一組の家庭科の授業を引き受けた。だが、時間割に「家庭科」の文字はない。大中の疲れがたまり、休息が必要な時を見計らい、平尾は提案する。「明日、家庭科を入れようかね」。この手法を、平尾は「つまみ食いの家庭科」と呼んだ。
(文中仮名、写真は本文と関係ありません)
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