| '99.10.27 |
| 学級崩壊の現場から |
―《11》―
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班分けで友達気遣う |
班分けは、すぐには決まらなかった。十八人の男子は、三班に分けると、一班当たり六人。仲のいいグループは七人組だった。さて、どのように子どもたちは結論を出すか―。 しばらくこう着状態が続いた。大中もドキドキした。四月に比べれば、かなり成長した子どもたち。だが、固定化した友達づきあいの枠からは、まだまだ超えられない、と思ったからである。 その時、「先生、おれが班変わってもいいよ」と徹。勇介は「だれかが悲しむくらいなら、おれ代わる」。黒板に書いた自分の名前を、ほかの班に移した。でも、みんなは納得できぬ。今度は正人が「ボクが…」。大中は、手ごたえを感じた。 これまでなら、黙り続けたり、弱い子に押し付けたりしていたのに…。それが、リーダー格だった、徹と勇介が手を挙げたのだ。 宿舎でのことだ。「おれは、寝ずに君たちを守る」と、大中が徹夜宣言。まくら投げをして楽しむ子どもたちの部屋の外で、腕組みをしながら朝を待った。立派に班行動をこなした子どもたちへの褒美だった。 修学旅行には、保健室の小山さゆり(50)も付き添った。「先生、先生」と、大中に寄りそう子どもを見ながら、もう、大丈夫だなと思った。子どもたちの顔も柔和になってきた。あんなに厳しい顔をしていた勇介も徹も。 そう言えば、四月には「頭が痛い」「お腹の調子が悪い」と、毎日のように保健室に来ていた子どもたちの足が、ぴたっと止んだ。子どもからの担任へのクレームもなくなった。 まとまり始めた六年一組―。大中は二つの課題を出した。「跳び箱八段、水泳二五メートル」。努力すれば必ずできる。なくしていた自信をみんなにつけてほしかった。あとは前進あるのみ。全員のチャレンジは、成功した。
(文中仮名、写真は本文と関係ありません)
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