| '99.11.9 |
| 教育再生へ |
―《3》
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教師向け情報誌「授業づくりネットワーク」の編集長、上條晴夫さん(41)=東京都国立市=は、一昨年十月から学級崩壊の連載を続けている。現場から寄せらた事例をもとに、脱出の処方せんを探る。十一年間の小学教諭の体験も踏まえ、「これまでの画一教育の弊害が大きい」と訴える。
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変化に合うシステムを 学級崩壊を考えるには、引き金役を演じる一割から二割の子どもだけでなく、クラスの真ん中の位置に当たる「六割」の子たちの感覚を知る必要がある。これを無視して、解決策は見つからないと感じるからだ。 したいことをする 六割の子たちの特徴を挙げてみると、とにかく自分のしたいことをする。学級のみんなと一緒に、何かをやることに重きを置かない。やりたいことは、個人や小さなグループでする。制限されることに対し、強い抵抗を示す。「建前は建前」として行動する考え方が希薄で、その最たるものが、整列しないことである。 友達同士の絆が薄いのも特徴だ。際限のないおしゃべりと、その延長線上としての立ち歩きも、それに起因している。かわいい便せんに手紙を書いてやり取りするのも、他人行儀だ。 一方で、子どもたちは、いい点を取りたい。だから、塾に熱心に通う。親の目のあるところでは、よい子でいようとする。学校にいるときの子どもは「内弁慶」にあらず、「外弁慶」と言えるだろう。自分を不利な立場に置いてまで、何かをやろうとは思わない。計算づくの行動とも言える。 大きく変わる子どもに合わせた教育が、これからは必要になる。だが、依然として、画一化した教育にとどまっている。そこで、私たちは昨年末、「学習ゲーム研究会」を立ち上げた。体験を組織化し、子どもたちの気づきや発見を最大限に取り入れた授業である。 お笑いのセンスの導入とでも言おうか。授業にサービスの観点を取り入れることも大切だ。子どもの世界で他人に認められる要因は、「できる子」から「面白い子」に変わっている。子どもと教師の価値観がズレていては、どうしようもない。右脳は論理的に考え、左脳では、雑談も楽しめる能力を兼ね備えるべきだ。 有効な「大人の目」 学校内に教師以外の大人の目が入ることも重要ではなかろうか。学校支援ボランティアもその一つ。パソコンが使える人や、読み聞かせグループが、子どもたちとかかわるのもいい。そういう意味では、導入予定の「総合的学習」も、考え方としては素晴らしい。 私たちのグループは、本来、授業づくり研究に力を入れていた。学級崩壊のような生徒指導の研究は、これまで扱ってこなかった。だが、授業不成立の現象が、全国的に広がったため、何を差し置いても取り組むべき問題だと判断して、連載に踏み切った。 学級崩壊の最終責任は、やはり現場の教師にあるのかもしれない。ただ、立派な教師が個人的に頑張るしか解決方法はない、と考えるべきではない。平均的な教師であっても、一定の指導ができるシステムづくりが急務である。 学級担任一人が教室全体をまとめるような、明治以降ずっと続けてきた教育にきしみが出てきたとも言える。学校全体がチームとして動き、意思決定するような新しい動きが必要になる。
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