中国新聞

Photo ■にぎわい伝える 舟板壁

 京都市の高瀬川は一六一四年に開通した運河。京都、伏見、大阪を高瀬舟が行き来した。
 安佐北区可部の明神児童公園は、かつて広島と結んだ川舟の船着き場。可部カラスの会は太田川の舟運を京都・大阪の舟運と位置付ける。
 可部町史によると、可部町は近世、太田川最大の港に発展する。船着き場は五十隻の川舟を収容し、町もにぎわった。


「可部・京都の面影」ロゴ
舟 運

 公園近くに板張りの壁がある。「荷を運んだ大きな川舟の板。くぎを打った跡で分かります」。可部南の川舟大工川口悟さん(82)は説明する。
 この家を借家にする小田定子さん(82)は「屋根を修理した時、壁も直すよう勧められましたが、舟板は丈夫なのでそのままにしました」と話す。
 民家の板壁が一九四〇年代半ばまであった舟運の面影を伝えている。


TopNextBack