標高三四一メートルにある三段峡駅に向け、列車は可部線で最も
急なこう配を最後の力を振り絞るかのように上っていく。夏休み、
三段峡はにぎわい始めた。芸予地震による遊歩道の通行止めも解
除。酷暑が続く中、峡谷の涼しさは別世界。行楽客も思わず「気持
ちいい」。
可部線六〇・二キロの終着駅。一九六九年七月二十七日、加計―
三段峡間が開通し、三十二年がたった。町役場に残る昔の広報をめ
くると、五九年十一月九日の特報は「町史に燦然(さんぜん)本郷
線建設決定」。建設中の名称である「本郷線」の活字が躍る。
しかし、全通一年前の六八年には赤字ローカル線廃止対象に可部
―加計間も浮上し、広報で地元の反発を伝えた。当初から存廃の不
安に揺さぶられた歴史がしのばれる。
「車社会だが、それでも最も多くの観光客を運んでくれるのが可
部線」と駅前で喫茶店を営む山本昭実さん(73)。観光客から「可部
線を残そう」といつも声を掛けられ、励まされるという。
途切れた鉄路は、浜田まで延伸計画があり、いったんは七四年に
着工した。幻となった広浜鉄道は、町内二カ所のトンネル試掘坑な
どに名残をとどめる。夢の跡をたどる構想も出ている。終着駅ロマ
ンへの模索は続く。