錦町と岩国市を結ぶ中国地方初の第三セクター鉄道「錦川鉄道」。赤字ローカル線だったJR岩日線が、沿線住民の熱意で「錦川清流線」として再出発し七月、十五周年を迎えた。利用者の減少が続くなど取り巻く状況は厳しい。一方で、高齢者や学生の交通機関として「地域鉄道」の役割は増しつつある。錦川の流れのように、清流線が走り続けるための課題を探った。(伊藤一亘)
色鮮やかなキャラクター列車が錦町駅のホームをゆっくり離れた。午前九時十六分発岩国行き。五十三席ある車内で、お年寄りや学生ら約十五人が揺られていた。 「この便は以前、二駅目の河山まで行けばほぼ満員になった。乗車できないお客さんが出ないか心配したもんです」。錦川鉄道の中野佳明専務(67)が振り返る。
開業二年目の一九八八年度は、約五十八万四千人を運んだ。しかしその後、減少が止まらない。昨年度は約四十五万人。当初の四分の三になった。岩国市を除く沿線四町村の人口は、八五年の約一万五千人が二〇〇〇年に約一万二千七百人になった。十五年間で約15%減ったが、利用減のペースがはるかに上回る。 開業時から過疎化は進んでいた。錦川鉄道にとって沿線人口の減少は織り込み済み。利用者の落ち込みは都市部からの観光客でカバーし、維持する算段だった。 当初の五年間、観光客を含む一般利用者は年間二十七、八万人で推移した。開業ブームに存続運動の熱気も残り、順調だった。しかし、九三年度から徐々に減少。昨年度は約十五万八千人に落ち込んだ。 通勤定期利用者も十五年間で半減した。錦川鉄道は「生活、観光両面で車社会が進み、高齢化で岩国市まで出向く住民も減った」とみる。 もう一つの大きな誤算が、赤字を基金の利息という「果実」で補てんするシステムが、低金利時代の影響で事実上破たんしたことだ。 もともとが不採算の廃止対象路線。第三セクター化の際も、赤字対策は大きな課題だった。国は転換交付金などをもとに基金をつくり、利息で赤字を補うよう指導した。錦川清流線では、沿線市町や住民らも出資し、約六億六千二百万円の「錦川鉄道経営対策事業基金」を設置。当初、利息は年間三千二百―四千七百万円あった。 だが、バブル経済の崩壊で状況は一変する。5%余りの金利は、今ではほぼゼロに。果実は細るばかりで昨年度は約九十万円。基金を取り崩さざるを得ず、昨年度末で約四億二千万円まで目減りした。 錦川鉄道の赤字額は昨年、一昨年度と一千万円台。当初の水準の利息があれば十分補えた。中野専務は言う。「果実と経営努力の両輪で赤字を何とかするはずが、その片方が外れた」 利用者減と超低金利。二つの誤算が錦川鉄道に重くのしかかる。 2002.8.6 |
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