中国新聞

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 11. シェークスピアの花

シェークスピアが埋葬された教会の墓地に咲くバラ
※クリックで拡大写真がみれます

 英国の劇作家シェークスピアの作品には多くの植物が登場する。 彼の育った町、エイボン川沿いのストラトフォードを訪ねた。生家 や街のあちこち、埋葬先のホーリー・トリニティ教会にもたくさん のバラが咲いていた。

文・杉本喜信 写真・大村 博

切ない恋 はかない命…

姿と香りに託す胸の内

400年前の姿をとどめるシェークスピアの生家。甘くかぐわしいバラが裏庭に咲く(英ストラトフォード・アポン・エイボン) ※クリックで拡大写真がみれます。

 生家の裏庭には、赤く、甘美な香りのバラが咲いていた。ロンド ンから北西へ約百五十キロの町ストラットフォード・アポン・エイ ボン。英国が誇る劇作家ウイリアム・シェークスピア(一五六四〜 一六一六年)の古里である。

 二十一歳の時、妻子を残してロンドンに出た彼は、五十二歳で亡 くなるまでに『ハムレット』など三十八本の戯曲を書いて大成功を 収めた。

 それらの作品には、花がたくさん登場する。おなじみの恋物語 『ロミオとジュリエット』では、恋する乙女の切ない胸の内がバラ に託して表現される。

 「おおロミオ、ロミオ! どうしてあなたはロミオなの(略)私 の敵はあなたの名前だけ(略)名前がいったい何だというの? 薔 薇(ばら)と呼んでいるあの花を、別の名前で呼んでも、同じよう にかぐわしい」

 愛するロミオが敵対する一家の息子と知った十四歳のジュリエッ ト。「かなわぬ恋をかなえたい」とバルコニーに立ち、「ロミオ、 お願いだから名前を変えて」と夜空の星に向けて願う有名なシーン である。




シェークスピアの肖像画(シェークスピアセンター蔵)>
 バルコニーと夜空と、かぐわしい香り―。そのバラはシェークス ピアの生家に咲いていたのだろうか。木造の家にはバルコニーこそ ないが、外壁や庭にはつるバラがはっている。幼いころの印象を作 品に生かしたのでは…。

 そう思って家を管理する財団のガイド、ポール・アベリィさん (31)に尋ねてみた。しかし彼は「もちろん四百年前もバラはあっ た。でもどんな花か、作品にどう影響したかは分からない」とかぶ りを振るばかり。

 というのもシェークスピアはなぞ多き人物。自筆の作品は残って おらず、別人説など今も論争が絶えない。十八世紀から母親の実家 とされてきた建物が誤りと判明したのは昨年のこと。だから、答え は慎重にならざるをえないのだ。

 しかし彼がバラに特別な思いを寄せていたのは確か。桃山学院大 の金城盛紀教授(英文学)の研究では、詩を含めた全作品に登場す る植物約百五十種のうち、バラは約百回で最多。二位のユリの二十 六回、それに続くスミレなどを大きく引き離している。



 当時の英国は、「バラの女王」と呼ばれたエリザベス一世の時 代。女王が栽培に熱を注いだバラは、貴族の間でもてはやされた。 女王はまた演劇を好み、シェークスピアを宮廷に招くなどして援助 した。芸術文化が花開き、経済的にも繁栄の道を歩み始めたころで ある。

エイボン運河沿いのハムレット像。ストラトフォードは花と文学の町だ

 ロンドンには、シェークスピア演劇の拠点、テムズ川右岸のグロ ーブ座など野外劇場が次々にオープン。芝居見物は庶民の最大の娯 楽になった。一六〇〇年ごろ。日本でいえば、関ケ原の戦いのころ の話である。

通りに面した生家の正面では、見学者の記念撮影が続く。屈託のない笑顔が広がる

 そして、そのグローブ座で『ハムレット』が上演され、大当たり する。立ち見でいっぱい。三千人の観客に向かって有名な悲劇は演 じられた。

 「ああ五月の薔薇よ! かわいい乙女、やさしい妹、うるわしい オフィーリア! 神様、うら若い乙女の心が、老人の命と同じく、 こうもはかなくても良いのだろうか」

 父が、愛するハムレットによって殺されたと知ったオフィーリア は悲しみで錯乱し、自ら命を絶ってしまう。このせりふは、それを いたむ兄の言葉。バラは、はかない命の象徴として登場している。



 私たちは、シェークスピアの生家を去る直前、庭師のネビール・ エヴァンスさん(40)を見かけた。「庭のバラは新世紀を記念してお おかた植え替えたばかり」との説明。さらに、当時のバラは年一回 だけ咲き、花期もとても短かったはず、と教えてくれた。

 シェークスピアが見たバラは、同じバラ科のサクラに似て、散り 際も美しかったに違いない。だからこそ、はかない恋、短い命の象 徴として登場するのだろう。

 庭から一歩、通りに出ると、小旅行の学生たちが屈託のない笑顔 で記念撮影に興じていた。ジュリエットの恋も、ハムレットの悲劇 も、うたかたの夢のように消え去った。

■ ばら戦争 赤と白は創作? ■

「赤バラ」
ガリカ

「白バラ」
アルバ


赤白が混じったヨーク・アンド・ランカスター

 シェークスピアは、英国貴族の内乱「ばら戦争」(一四五五〜八 五年)を「紅白合戦」に仕立てて上演し、好評を博した。

 赤バラを象徴とするランカスター派と、白バラが象徴のヨーク派 とが、王位継承をめぐって血なまぐさい闘争を繰り広げる歴史劇 『ヘンリー六世』と『リチャード三世』である。

 両派を分けた二つのバラはどんな花なのか。長い論争の結果、白 バラは古い園芸種の「アルバ」、赤バラは欧州大陸の自生種「ガリ カ」とされている。

 さらに、ばら戦争の末期には、赤白混じりの「ヨーク・アンド・ ランカスター」が咲き始めたと伝わる。香水原料のダマスクバラの 変種で、内乱終結のシンボルとして今も人気を保つ。

 もっとも歴史学者の間では、白バラはヨーク家の記章の一つだ が、当時、ランカスター派の赤バラは実在しなかったというのが定 説。つまり「紅白合戦」はシェークスピアの創作で、「ばら戦争」 の名も、後に芝居の影響から付けられた、と考えられている。

 ランカスター家のヘンリー・チューダー(ヘンリー七世)とヨー ク家の娘が結婚し、ばら戦争は終わる。そしてヘンリーは、自分の 紋章に白バラと赤バラを重ねたような図案「チューダーローズ」= 写真=を採用した。それは孫に当たるエリザベス一世を経て現在ま で引き継がれている。バラはイングランドの国花である。

  名作の舞台 グローブ座復元  

シェークスピア劇を上演中のグローブ座の内部。天井には極彩色の装飾が施されている(グローブ座提供)

 シェークスピアも出資したグローブ座は1599年の創建。直径 約30メートルの円筒形の建物で、舞台を囲むように3層の桟敷席が ある。中央は屋根がなく、舞台前の土間は露天の立ち見。観客は盛 んにやじを飛ばして芝居を盛り上げた。焼失、再建を経て清教徒革 命中の1644年に壊された。

 約53億円かけてほぼ元の位置に復元された今の劇場(約1500 人収容)は1997年の開場。バラやスミレなどシェークスピア劇 に登場する動植物の装飾を施した門扉があり、観客を不朽の名作の 世界に誘う。


1997年にオープンしたグローブ座。創建時と同じ木造で、屋根はアシでふいてある(ロンドン)


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