中国新聞
2002.5.31

背中押してくれた地方の声  すてきな町 ロケ地にしたい

 「ためしてガッテン」など、テレビでおなじみの顔だ。小野文恵はNHKの局アナとして、あの「紅白歌合戦」のラジオ中継も担当した。「さっき聞いた話を今、ここで言っているのよ」。そんな視聴者との距離感を大切にしている。
 初任地の山口時代に学んだのは、女性起業家たちのバイタリティーだった。そんな彼女たちの姿勢に、幾度となく励まされたという。「普段は時間に追われて、予想できる範囲しか聞けてないけど…」。腰の座ったインタビュアーになることが、入局十年目となる小野の目標である。

(文中敬称略)

「びんご人国記 ふるさと応援団」

アナウンサー
小野 文恵さん
(34)

 土曜特集「家族に乾杯」の収録のたびに古里に帰りたくなるとい う。留学の一年間を挟み、中、高校時代、、電車通学した

Photo「小野文恵」
  おの・ふみえ
68年
府中市生まれ
88年
広大付福山高を卒業後、東京大に入学
92年
NHK入局後に、山口放送局に配属
97年
東京アナウンス室に。「ためしてガッテン」など担当
01年
52回紅白歌合戦でラジオ中継を担当

 実家から新市駅まで歩いて五分。福塩線で福山駅まで行ったら、 今度は山陽線に乗り換えて、東福山駅に。それからは自転車。本当 に、急な坂道だった。福塩線は、一時間に一本しか電車がなくて、 一本乗り遅れると大変だった。だから、本当によく走ったもので す。それでも、二十回連続で遅刻して、母が学校まで呼び出され た。そんな私が今や、秒刻みでしゃべっているなんてね。

 テレビの世界に身を投じたのは、あるテレビ番組がきっかけだっ た

 湾岸戦争を題材にして、子どもたちが学級新聞を作る深夜番組を 見た。「でもさ、自分の娘が誰かに殴られたら、そいつを殴り返す よね」。一人の言葉から、クラスは収拾がつかなくなった。結論を 出していくまでの過程を、丹念に追っていた。ちょうど就職活動の 最中。子どもたちの肉声が、自分の感性に響いてきた。そんな、ド キュメンタリーを作った女性アナウンサーにあこがれて…。

 初任地、山口での思い出は、数え切れないという

 ほとんどが失敗談なんだけど。高校野球を中継することになった 時、ルールがあまり分からない。プロ野球を見ながら、中継練習し ていたら、突然、マウンド上に集まって乱闘が始まった。その翌 日、本番の高校野球予選。まだ七回なのに、皆が集まった。乱闘か なと思いながらも、「一体、どうしたんでしょうね」と解説者に振 ると、「試合終了です」。コールドゲームだったんですね。

 女性の起業家もずっと番組で追いかけた。二十四時間の保育園を 作った人、車いすでも利用できるタクシーを導入した人…。こんな 地方の動きを、少しでも多くの人に知ってほしかった。彼女たちの ひと言ひと言が、私自身も頑張れと、背中を押された感じだった。

 五年前から、東京勤務になった。「ためしてガッテン」など、担 当する番組も多い

 事前に、ディレクターとは入念な打ち合わせを重ねる。それはも う、いっぱい叩き込まれる。あれも、これもと。ゲストの前に立つ と、早く全部を言って楽になりたい。体が前のめりになるくらい に。でも、最近は一つや二つ言えないことがあっても、と感じるよ うになった。本人さえ意識していない、未整理のものを引き出せた らと思う。

 地方と東京の格差は広がるばかり。地方への応援歌を聞いてみた

 皆が集まるお祭りがあって。人が元気なのがいい。小さな店があ って、それぞれの店も頑張って。でも、ずっと変わらないでと、言 うつもりはない。もう誰も止めることはできないから。ただ「家族 に乾杯」のロケ地にしたら面白いな、と思ような、すてきな町々であ ってほしいな。

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