中国新聞
2002.12.18

潜在能力ある 今は辛抱/進取の気性 中核市発展の力

 首相経験者としては戦後初めて蔵相、財務相を務めた宮沢喜一。 就任早々、金融システムの安定化を打ち出し、昨年五月まで緊急経 済対策、減税に取り組む一方、景気回復の遅れで財政出動を余儀な くされた。ばく大な長期債務は、今、構造改革を進める小泉内閣に も襲いかかる。
 景気回復がなかなか進まないのは、古里・福山も同じこと。そん な故郷に対して「潜在能力は大きい。今しばらく辛抱するしかな い。時間がたてば元気になると、考えるしかない」とエールを送 る。そんな宮沢は来年、議員生活五十年目を迎える。

「びんご人国記 ふるさと応援団」

首相
宮沢 喜一さん
(83)

 六五年のNKK誘致が、福山市の将来を大きく変えた

Photo「宮沢喜一」
  みやざわ・きいち
19年
東京都の内幸町で生まれる
41年
東京帝国大を卒業後、大蔵省入省
51年
サンフランシスコ講和会議に全権随員として出席
53年
参院広島選挙区から立候補し、初当選
67年
衆院(旧広島三区)に初当選
91年
内閣総理大臣に就任
98年
小渕内閣で、蔵相に就任

 国会議員になって、私がした地元への最初の仕事ですね。それま でNKKは川崎にあったが、西の方に進出したいとの意向で、九州 などいろいろな所が手を挙げた。結局、福山沖への埋め立てに決ま ったけれど、村から都会に一気に様変わりした。それまでは、福山 駅に行くと、大抵の人は知り合いと言ってもいいくらいだった。

 夏休み中に、鞆の港で遊んだことが、古里の一番の思い出という

 子どもの遊びは、どこでも同じ。戦前は釣りばかりしていた。フ グが一度に二匹もかかることが、度々あった。どんど焼きともいわ れる「さぎちょう」もよくやったものだ。

 その鞆には今、架橋問題があるが、友達が賛成、反対の両方に分 かれたので、何とも言えなくなった。ただ、旅の人が思うのと、土 地の人が思うのは、少し考え方が違う。今のままでは、人口が減っ てしまうのは確か。

 福山駅前の繊維ビルの建設にも尽力した

 そもそも、福山、新市の繊維産業の方々を応援しようと造った。 でも、どうせ借り物で、やり替える必要があるので、なるべく壊し やすいものを造ってくれと言った。こんなに壊されないで、残った のは私の目算違いだった。権利関係が複雑だけど、ようやく四十年 ぶりに動こうとしているのは、駅前全体にとってもいいこと。

 「びんご人」気質について、宮沢はこう語る

 地元の人が、福山をあまり自慢しないのは、人口五万人の町が、 この四十年間で、一気にここまで来て、町としての風格と言うか、 まだ落ち着きがないからではないだろうか。でも、人の意見を聞い て取り入れるのがうまいと思う。

 ただ一方で、井笠を含めて、地理的にも県庁から遠かったこと が、進取の気性につながったと思う。この地域は、長年、備後工特 にも指定され、県境を越えた交流は自然だし、今後の発展につなが るはず。

 これから、中核都市・福山が発展するために必要なものは―

 やはり道路でしょう。市内のバイパスの整備は、大幅に遅れてい る。特に県境に向かって東方面はね。なかなか工事にかかれないで いる。南北の道もまだまだですね。

 それに合併。以前、内海大橋ができて、福山から随分多くの人 が、島に行くようになった。ここも来年は福山になるので、もっと 一体化する。もちろん、内海は財政的にも助かるだろうし。ただ、 原動力となる経済が動かないと、合併の利点も少なくなる。

 最近、宮沢はパソコンを始めた

 これは、調べ物には便利ですね。それに、アメリカの新聞の最新 版も見ることができますしね。

(文中敬称略)
=おわり

このシリーズは、文は藤井礼士、山瀬隆弘、写真は浜村和義、藤 井康正が担当しました。


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