中国新聞
2002.12.3

スポーツの重要さ説く/海外転戦 同郷人に深い愛着

 伊達公子、沢松奈生子らとともに、九〇年代の日本女子テニス界 をリードした遠藤愛。九四年には大学院生プロとして広島アジア競 技大会に出場し、団体優勝に貢献した。
 現役時代から、スポーツと学問の両立を心掛けた。現在は私大講 師として、実技指導や運動学などの講義を担当し、スポーツコミュ ニケーションの研究に打ち込む。
 「勝負だけじゃない。いろんな人と出会い、知らない土地に足を 運ぶきっかけとなるスポーツの重要性にも注目して」。来春、体育 科の高校生が手にする教科書には、こんな遠藤の言葉が掲載され る。

「びんご人国記 ふるさと応援団」

プロテニス選手
遠藤 愛さん
(31)

 テニス一筋の人生だ。ラケットを手にしたのは七歳。高校、大学時 代は、正確なグラウンドストロークを武器に海外でも活躍した。世 界ランクは最高26位。日本テニス史に名を残す実力者だ

Photo「遠藤愛」
  えんどう・まな
71年
福山市生まれ
89年
暁の星女子高を卒業し、筑波大に進学
91年
プロ転向。ユニバーシアードのシングルスで日本女子初の金メダル
92年
バルセロナ五輪に出場
94年
広島アジア競技大会で団体金。全米オープンでベスト16入り
98年
現役引退を発表

 私にとってテニスはゲーム。相手の心理を読みながら飛んできた ボールを打ち返す。チェスみたいな駆け引きが面白く、小学生のこ ろから毎日コートに通った。テニス生活最高の思い出の一つは九四 年の全米オープン。リンゼイ・ダベンポート(米国)を破った。大 きなスタジアムの歓声が忘れられない。

 大学時代は国内二番目の学生プロとしても注目を集めた遠藤。「学 業へのこだわりが私の一つのカラー」と言い切る

 テニスしか知らない人間にはなりたくなかった。広い視野を持ち たかったし、実際にたくさんの出会いがあり、いろんな考え方を学 んだ。私なりのテニス学を確立しようと現役のまま大学院にも進ん だ。コーチ学の研究に打ち込んだり、休学してテニス漬けになった り。こうして培ったスポーツ論を、多く人に伝えたいと思ってい る。

 今年四月から、茨城県つくば市の筑波女子大講師として教壇に立っ ている

 学生と一緒に、市民参加のテニス大会を企画運営するなど楽しい ですよ。携帯電話や電子メールなど、顔の見えない、オブラートで 包んだような人間関係をつくる若者にコミュニケーションの原点を 教えたい。

 スポーツは感情に正直だ。勝ってうれしい。負けて悔しい。「疲 れた」「痛い」など、時には自身とも真正面から向き合わないとい けない。人と人を結ぶ手段の一つにスポーツを加えてほしい。

 広島県生涯学習審議会委員も務める

 広島のスポーツ環境は恵まれていると、あらためて感じた。アジ ア大会級の国際大会があった町なんて、日本に幾つもない。野球、 サッカーのプロ球団もある。ローズアリーナ(福山市)やびんご運 動公園(尾道市)など施設もそろっている。弱点は指導者の少なさ だが、多くの協会がコーチ養成に取り組んでいるので、将来は克服 されそうだ。

 地域挙げてのスポーツ振興を願う

 欧米では、ジュニアの大会でも、地域住民が観客席を埋める。ソ ーセージを食べながらの観戦が文化になっている。日本では家族以 外の姿はあまり見ないでしょ。備後なら、充実した施設を核に、地 域でスポーツ文化を盛り上げてほしい。

 「生粋の広島県人じゃけえ」と笑い飛ばす

 個人競技で海外を渡り歩くと、国籍すら意識しなくなる。そんな 生活を続けたせいか、逆に福山出身者に会うと、すごくうれしい。 大好きな福山でテニスの指導がしたいけど、定期的には難しい。教 科書への執筆などでメッセージを送りたい。

(文中敬称略)
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