ランドスケープデザイナー |
戸田 芳樹さん
| (55) |
「東京物語」のロケ地の一つが、戸田の実家だった
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とだ・よしき
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47年 |
尾道市東久保町で生まれる |
66年 |
尾道北高を卒業後、東京農大造園学科に入学 |
73年 |
アーバンデザインコンサルタントに入社(黒川紀章代表) |
80年 |
戸田芳樹造園設計室を開設。その後、戸田芳樹風景計画と改称 |
99年 |
日本ランドスケープフォーラム事務局長 |
映画と同じアングルで、毎年正月に家族で記念撮影をしていた。
今の年齢になってやっと、この映画のすごさが分かった。美しい風
景の中に映し出される残酷な家庭崩壊。でも崩壊は表面上は見えな
い。実は、わが家でも、映画の数年後、同じように母の兄弟たちが
外に出て行った。祖母も、東京と大阪の息子の家を行ったり来たり
して亡くなる。まるで「東京物語」で、その軌跡を私もたどってい
る。
ランドスケープは、日本では「造園」と訳された。だが、戸田は建
築や都市とからんだ、幅広い風景と解釈する
この十年間でやっと、生活に密着した提案ができるようになっ
た。八〇年代の経済成長のおかげで、大規模なレジャー施設などの
経験を積み、技術力が開花したからだ。ランドスケープの言葉が持
つ汎用性が次第に理解された。風景は、そこにあるものだけでな
く、地形や歴史も包括し、都市の資産とも考えられる。
戸田は、これまで市が募集したデザインコンペなどを通じて、さま
ざまな提言を試みている
以前、浄土寺の「芸術の森構想」があった。最優秀になったが実
現しなかった。提案したかったのは、市全体をギャラリーにという
こと。ソフトの充実があって初めて、ハードの「芸術の森」が実現
する。商店街で展覧会が開かれるなど精神は脈々と生きている。
母も父も向島出身。それだけに、向島の将来は気になる
農業の町から、観光などの産業への転換期に来ている。ミカン畑
も後継者がいると思えない。園芸的な花のある町にしたらどうか。
国内の桜を集めるのも一案では。
尾道側は、ゾーンで役割を分けたらどうか。駅から西側は、もっ
と再開発してもいい。駐車場を備えたビルを建て、駅からつなげ
る。東京のけん騒はいやだが、クリエーティブな仕事を望む人を呼
び込んで、尾道を発信してもらったらどうか。
避けて通れぬ合併問題。「新しい風景を生み出すチャンス」と語る
尾道には、後ろに山はあったが、森はなかった。自然はあった
が、生産緑地はなかった。合併によって、市民はもっと、巨視的に
「風景」をとらえられる。それが定着すれば、新しい産業を生み出
すこともできる。
市長から、東京での「尾道同窓会」を持ちかけられたが、合併を
機に、それらの地域の出身者が集まり、交流を深めるのもいいと思
う。
〇五年にある愛知万博。ディレクターとして準備に余念がない
自然の英知がテーマで、サブテーマは「地球大交流」。これまで
の万博は、何もないところに会場を造ったが、今回は三分の二が自
然林。どう自然と人間を折り合わすかが課題。海外のパビリオン
は、リユースできるシンプルなものにするなど工夫を重ねている。
(文中敬称略)
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