第 3 部  学 ぶ ・ は ぐ く む (1)
2002.3.19
中国山地
森の学校  「宝」慈しみ 変わる集落 

 裏山でウグイスが鳴く小学校跡の広場をマイカーが埋めた。ハイキング姿の中高年が三、四十人降り立ち、かっぽう着で迎えた女性たちと笑顔を交わす。「また来ました」「ようこそ」。島根県津和野町の城下町から渓流伝いに約十三キロ。野中集落の自主講座「森の学校」が始まった。

 年会費三千円。月二回、土曜か日曜に四、五時間開かれる。タケノコ掘りや草木染、薬草探しに麦筆づくり、旧笹ケ谷鉱山の地底探検だってある。実習に織り交ぜる座学、これがまた都会人たちを吸い寄せる。

「みんなの森」で孫と一緒に苗木を差す受講者。地元の女性が笑顔で見守る

 例えば、登山道づくりで山肌をならす前に「石には根がある」という話をする。土に埋もれた部分を根と呼び、形状や向きを考えて楽に動かすこつを教える。それだけで興味津々の都会人に、追い打ちをかける。「この辺の農家は、くわの刃をコチンと当てた音で石の根が分かる」と。途端に住民を見る目に敬意がこもる、という。

 山口市から通い続けている主婦岡崎美智子さん(60)は「発見が毎回あるし、暮らしに役立つ知恵を授かる喜びがある」と受講にぞっこん。

 わずか十四戸、三十五人。七十代以上が多く高齢化率も60%を超す野中集落。一九九九年十月に始めた「森の学校」はもともと内輪の勉強会だった。身近な自然や農村文化を見直し、経済活動につなぐために開いた。「おすそ分けで公開にしたら、聴講生がずんずん増えて」。校長役の農業岩本栄太郎さん(67)はうれしそうだ。

 講義は、隣町の日原町に住むナチュラリスト中井将善さん(64)が一手に引き受けている。四十代で製薬会社を辞めて東京からUターン。「健康と自然」を独学し、島根を中心に風土を生かす地域づくりに携わってきた。津和野高校の同窓生の誘いで、「森の学校」には準備から加わった。

 中井さんはまず、教室となる里山づくりを住民に呼びかけた。新年会か、田植えの慰労会にしか協働の場がなくなっていた地域社会の結び直しも狙いだった。全戸が約四十ヘクタールの集落内の持ち山を、教室として無償で差し出した。そのうち、荒れ放題だった二ヘクタールのやぶをこぎ、住民総出で二年かけて整地した。

 「みんなの森」と名付けた、やぶの跡に宝物が隠れていた。アジサイに似た白い花をつけるイワガラミ。梅雨どき、大木に絡んだ何百個もの花が咲き競った。甘い香りのテイカカズラも人知れず咲いていた。

 身近な宝に気付き、住民は変わっていった。カズラをむやみに切らない。道草でも木切れ一本、古株一つを拾って帰る。集落を縫う道の掃除に出る姿が増えた。

 ひな祭りの今月三日、受講者と住民が「みんなの森」に二百種余りの苗を植えた。実のなる木、香りを放つ木、炭材の木、繊維を取る木…。三年後、宝の森に変わる。


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