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2002.4.4
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第3部で紹介したさまざまなケースは、地域差はあるだろうが高度成長以前に幼少期を過ごした世代であれば、その地域で大なり小なり体験できたことではなかったか、と思う。急激に失われていった子どもたちの体験機会。それをいわば「再合成」する一つ一つの試みを通して見えてくるものは、農村という地域をフィールドにした教育の可能性と、そこに光を当てるための住民の意識改革の必要である。
(中国山地取材班)
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「残った学校」として紹介した広島県大朝町の大塚小の存廃運動は、この可能性と意識改革の意義を象徴的に示している。小規模校はいずれ廃校―という自明の理屈への疑問から始まった意識変化は、住民同士のこんな問答に集約できる。
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| 小学校の体育館で神楽の練習に励む子供たち。皆、学校とともに地域にはぐくまれる(広島県大朝町大塚) |
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「今の大塚小の教育に問題があるのか」「ない。われわらはここでいい教育を受けてきた」「小規模校は切磋琢磨(せっさたくま)が足りんということらしい」「統合した学校でも教育が荒廃しとる」「これからは少人数教育こそ可能性がある」「それでも統合するんかいのう」「小さい学校は大きな学校に吸収されるのが当たり前ということじゃろう」「なんでも東京集中で、田舎も中央集中かいの」「おかしなもんじゃ」
中央と地方を優劣関係として見る目が、農村の中にも小さな中央と地方をつくっている奇妙さ。そこに向けられた疑問は、都市と農村との関係にも当てはまるだろう。
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本年度からスタートした総合的学習と学校完全週五日制を受けて、地域体験学習がクローズアップされている。「子どもたちの心の成長には野外での豊かな体験が不可欠」という認識である。その絶好の機会を提供できるのが農村である。
だが農村では肝心の大人がその意義と体験の継承に不熱心。本来、体験機会の多いはずの子どもも、学校と家の往復だけで農業も自然体験も少ないという実情がある。
まずは農村自らが地域体験の意義を子どもに伝える試みをスタートさせたい。次にその良さを都市へもおすそ分けしよう。広島県豊平町の「農少クラブ」、庄原市の「絵本牧場ごんぼ」など実例も着実に生まれている。
そのために必要なものは、積極的に担う人材である。人材を生かす地域、そして行政の役割も当然大きい。
島根県津和野町の「森の学校」の講義を引きうけている中井将善さん(64)は「自分はインタープリター(翻訳者)だ」と自認する。一つは、田舎の人が体験では分かっていても言葉にできない伝統の技や暮らしを伝える役割。もう一つは田舎の暮らしと文化を都市住民に伝える役割。その二つによって地域の元気を呼び戻したいという。
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来年三月、広島県佐伯町、廿日市市と合併する吉和村は、合併後の吉和地区を「新廿日市市の山間学習圏(まなびの森)」とする構想をまとめた。三市町村の広域学区制度の導入と寄宿舎の整備、地域のさまざまな道のプロの積極的な登用を通して、全国から児童生徒の呼べる学校へ、と夢を膨らませている。
大塚小の存続運動には一九八九年に発足した地域活性化団体「大塚あべまき会」の存在が大きかった。「地域を知り、地域に誇りを」と年間二十を超えるイベントを主催し、児童生徒の体験学習では学校に積極的に協力してきた。
子供がいきいき育つためには、地域の良さを感じ誇りを持つこと。そのためには住民が地域の良さをあらためて自覚し、発展させる試みが不可欠といえるだろう。

▽アトリエ・温泉…交流の場に
少子化のあおりで、学びやの統廃合が全国で進んでいる。中国山地周辺でも最近十年で、五県合わせて約九十校の小・中学校から教室の明かりが消えた。学校が途絶えても住民は残る。「地域の息吹を取り戻したい」。各地で廃校を新たな交流の場に再生する試みが始まっている。
広島県大朝町では木造校舎がそのまま絵や陶芸のアトリエになった芸術村があれば、三セク温泉に生まれ変わった小学校もある。岡山県哲多町の小学校跡は大学校に「昇格」した。
再生した校舎にはほとんど元の面影が残る。住民が皆、廃校を母校にする卒業生だからである。それが木造校舎なら、思いはひとしおだ。民宿に転じた加計町の校舎も戦後、住民が地元の杉を出し合って建てたあかしをとどめている。
世紀は移り、平成の市町村大合併が動き始めた。学校統廃合の流れは一段と加速する。
江の川中流の島根県邑智町は二〇〇四年春、小学校六校を一校にする。合唱や野鳥観察など各校独自の教育や校風をどう引き継ぐか。町教委は学校週休二日制の受け皿も兼ね、廃校を地域主導で「ふるさと学習」に生かす仕組みを考え始めた。
寺や神社と並び、学びやは地域の灯と大事にされてきた。その灯をともし続ける力は、地域の中に、きっとある。
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1998年3月に休校した杉之泊小の築70年の校舎、体育館、運動場などを活用した体験宿泊施設。図書室には本や地球儀がそっくり残り、廊下には賞状や絵が掛かる。今にも児童たちが歓声をあげて教室から飛び出してきそうな雰囲気だ。
オープンはその翌月。管理運営している川浦弘貴さん(42)は、病院勤めをやめて神戸市から一家でTターンした。
学校のクラブ活動、子ども会の合宿、研修などを受け入れ、年間900人近くが訪れる。「ケナフではがき作り」などの主催イベントもある。寝袋持参の客は、畳敷きの2教室に泊まる。使用料は1泊1500円。夜の校舎を赤々と照らすキャンプファイヤーは参加者に人気がある。 |
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96年6月に開設。元は筏津(いかだづ)小学校(同年3月閉校)。地元の画家の提案で町が、木造2階建て校舎を共同アトリエに改装。広島市や隣の島根県からも絵画や陶芸を学びにくる。年会費1000円。6月中旬にアートフェスタが催される。 |
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93年10月に開業。旧田原小(92年3月閉校)。住民の要望で町が温泉棟を新築、校舎は宿泊棟と食堂に改築した。旧講堂は湯上り客の休憩室や神楽の舞台になる。入湯客は年間約6万人で、運営で第三セクターには卒業生も株主に加わる。 |
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91年5月に開設。旧横道小学校(90年3月閉校)。山菜料理やみそ造りを楽しめる自然体験・宿泊交流施設。県内最高峰、安蔵寺山のふもとで登山客や家族連れが多い。旧学区の約25戸全戸が出資した第三セクターが管理している。 |
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町が校舎を改修し、岡山市に本部を置くアジア医師連絡協議会(AMDA)に提供、昨年9月に開校した。旧大田小(同年3月閉校)の校歌の碑が残る。人道援助に携わる専門家の育成やボランティア教育を、民間レベルで進める研修拠点。 |
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