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2002.5.18

広島県高野町下門田の島津智美さん(22)にとって、わが家のリンゴ園に帰ってからのこの二年間は、リンゴ作り二十四年の大先輩である父宏さん(48)の存在をあらためて知る期間だった。
岩手県の農水省の農業者大学校落葉果樹農業研修所で二年間。そこで吸収した知識や身に付けた技術が、持ち帰った高野では必ずしも合わないことが少しずつ分かったからだ。
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| リンゴの花摘みをする島津智美さん。大玉を実らせるために中心の花だけを残す |
一昨年秋の収穫時期。「もう採ってええんじゃない」と智美さんが早めの収穫を主張。ギリギリまで樹で完熟させる方法でやってきた宏さんは「うちは収穫を遅うしても、直販だから客の手元には一日で届く」と応じなかった。
青森や長野のような大産地と違って、高野リンゴは市場出荷がない。そうした産地の特性を知ることがリンゴ作りの第一歩であることを教えられたのだ。
智美さんは、小さいころから昼夜分かたず働く父母を見て、園の作業をよく手伝った。リンゴ作りを決意したのは、庄原実業高への進学の際。「事務所で仕事するタイプじゃないし、自然の中で体を動かすのが好きなんで」と笑う。
実は町内では「嫁さん」以外の女性でリンゴ園に就農したのは初ケース。宏さんは「将来結婚でどうなるか分からんが、自ら選んだ道。それも一つの生き方だから」と見守る。
島津リンゴ園では、智美さんに続いて今春、弘前大学農学部を卒業した長男宏之さん(23)が戻ってきた。一・八ヘクタールの園を妻せつ子さん(51)、父武男さん(80)、母幸枝さん(75)の四人で栽培してきた。高齢の父母に不安を抱いていただけに、二人の加入を「労力的に少し楽になり、その分良品生産に充てることができます」と喜ぶ。
高野リンゴは、個々の農家が贈答や庭先販売で売りさばく産直方式を基に今日の産地を築いてきた。宏さんも二十八歳で父から経営委譲されて以来、規模拡大とともに主として個人客をターゲットに販路を開拓。贈答の六―七割が固定客という。うれしいことがあった。智美さんが「結構いいお客さんがいるねえ」と評価してくれたのだ。
「安定的に後継者を確保している」と他産地がうらやむほどの高野リンゴ産地。後継者十五人でつくる果樹園芸組合青年部の青才光紀部長(32)は「ある程度の規模で経営基盤がしっかりした所は継ぎやすい」という。
農家は現在二十三戸。高齢化や後継者不足でこの四、五年でピークから五、六戸減少したものの、栽培面積三十三ヘクタールは横ばい。販売額は二億五千万円。
時期未定だが町内に横断道尾道松江線のインターチェンジが開設される。観光客増加で町は大きく姿を変えそうだ。産地の未来をどう描くか。新しい発想を持った後継者たちの出番でもある。
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