第4部「農かがやいて」を終えて
2002.5.23

 第4部の連載を通して中国山地の農業の多様な姿を紹介してきた。ここでは経営的に自立した例にとどまらず、それ自体は小さなものでも立派に生産を担っている例に注目したい。まずは生産面での兼業農家の存在意義である。さらに生産、流通面の改革にもつながる産直市向けの野菜生産の広がりだ。食の安全がかつてなく関心を呼ぶ時代。グローバリゼーションのあらしの前に消え入りそうに見えながら、農業は多様な可能性を秘めていることにあらためて気付かされる。

(中国山地取材班)

● 三世代農家 糸賀さんを訪ねて ●

トラクターで代かきをする白砂さん。休日の農村は農作業に忙しい兼業農家でにぎやかだ(広島県大朝町間所)

生産の担い手 兼業農家の役割大

 農業を支える担い手について、兼業農家というものを通して考えてみたい。例えば広島県では農家の八割を占める兼業農家はコメ生産(作付面積)でも八割を担う。数からして農業集落の柱でもある。つまり兼業農家のコメ作りが農地を保全し、集落を維持している。その存在抜きに農業も農村も語れないのである。

 だが、農政の将来見通しでは整理されていく存在でもある。農業基本法に代わる食料・農業・農村基本法(新農業基本法)でもこの視点は貫かれている。「効率的かつ安定的な農業経営」を担う家族経営体と法人経営体のコメ作りのシェアを高めることが、政策目標になっているのだ。

 その効率的でない兼業農家はコメ作りを担うだけではない。人さまざまだが、市場出荷の野菜も作る、和牛も飼う。単位としては少量だが、農業生産の一角を間違いなく占めている。最近では高齢者が産直市に出荷する野菜生産の担い手になる例が増えている。

 広島県大朝町間所の兼業農家、白砂幹男さん(45)は「農家は昔から専業といっても冬場には働きに出ていた。その働き場があるから農業もできてきた」と言う。農家の多様な働き方が農家経済の基盤をつくり、農業の継続にもつながったとみる。

 東京農大を卒業し、広島千代田農協に勤めて二十三年目。浜田道のために三十アール買収され自己所有の水田は七十五アール。うち二十二アールでコメ、三アールでキュウリのハウス、残りの田と「頼まれるままに引き受けた」借地八十アールで飼料を栽培する。繁殖牛二頭、育成中の子牛が二頭いる。

 間所集落三十四戸のうち、自分で水田を作付けしているのはもう十八戸しかない。白砂さんも「機械代が無駄」と田植えは知り合いに頼んでいる。兼業農家を中心とした相互の複雑な助け合いの構図が今も集落の生産を支え、農地を保全しているのだ。

 間所営農集団組合の代表でもある白砂さんにとっては、さらに進む高齢化に向けて、集落として将来の農作業をどう支えていくかが悩み。組合といっても今はイネの防除機と肥料をまく機械の共同利用だけだ。中心になる働き手もいない。機械作業にどう対応するかが早晩課題になる。

 そこで農政が奨励するのが集落営農型の農業法人である。連載で紹介した島根県三刀屋町の「フレッシュファーム神代」のように成功といえる例も着実に増えている。国も県も法人化こそ集落営農の切り札とみて、補助政策の焦点を当て始めている。

 だが、どこでもそうなるとは限らない。中心になる人材や話し合いの土壌は共通とは限らないからだ。人がいないと組織をつくっても動かない。広島千代田農協の岩崎正司組合長は批判的だ。

 「うちのエリアでは兼業農家は営農集団をつくってやっているが、法人組織になると話は別。かなりの借金も抱えるから、中心で世話する人が倒れたら大変なことになる。よほどしっかりした所でないと勧められない。これからは集落営農は必要だが、地域にあったできるやり方でやればいい。法人化は一律にはいかない。行政施策がこれからは法人でないと相手にしない、というのはおかしなものだ」

 連載で紹介しただけでも中国山地の農業は多様だ。企業的経営から定年帰農者、新規就農者、そして大多数の兼業農家がパッチワークのように織り上げているのが山地の農村・農業の姿ではないのか。

 生産の担い手は中核的な存在と兼業的存在に二極分化するという、基本法農政以来の発想はもう転換すべきだろう。多様な農業それぞれに意義がある。そう認めるためには「効率的ではないが食料を作る重要な仕事」という農業の意義を、あらためて国民的な合意に高める努力が必要だと思う。
新しい流通 「地産地消」に夢広がる
大きさはまちまち、荷姿も値段も生産者の自由―。三次農協の直売所「双三・三次きん菜館」には、そんな農産物が並び人気を呼んでいる(広島市安佐南区中須)

 安いうえ新鮮さにつられて、ついつい手が伸びる。わざわざ車で買いに出かける都会人も少なくない。朝採りの野菜や素朴な味の加工品を並べる産直市が、中国山地の道路沿いのごく当たり前の存在になってきた。

 全国的にまとまった調査はないが、広島県が二〇〇〇年三月末で調べた県内の産直市(無人市を含む)は四百九十五カ所にも上っている。今はもっと増えているだろう。

 店の大型化と大消費地への進出も目立つ。昨年九月、広島市安佐南区にオープンした三次農協の直売所「双三・三次きん菜館」がその代表例だ。

 三次市大田幸町、元三次農協職員の佐々木康彦さん(64)は水田一・一ヘクタール、畑三十アールを妻詔美さん(59)と耕やす。畑二十アールをきん菜館向けの野菜に充て、残りは市場出荷のアスパラガスだ。

 農協貸与のコンテナに、自分で値を付けた袋詰めの野菜を何種類か入れて、指定場所へ持って行くと、農協の集荷トラックがきん菜館まで運んでくれる仕組みだ。

 値決めには新聞の市況欄と近所のスーパーの価格を参考にしている。アスパラは品質に自信があっても競りによる相場変動に泣かされてきた。「自分が作ったものに自分で値をつけられる。それが一番うれしいね」

 きん菜館には三次市と双三郡内五百十人が出荷している。大半は兼業農家。主力は高齢者や女性だ。販売額は平均月四―五万円。「ええ小遣いになり、生きがいをもらった」。出番を得たお年寄りの表情が輝く。

 市場流通は生産者―農協グループ―卸―仲卸―小売―消費者と多くの段階を経る。品ぞろえと一定量の出荷、厳しい規格が要求される。中間マージンも高い。

 産直市は中間業者が介在しない。市場流通に乗らない曲がったキュウリも商品になる。農家自身が運営する産直市は販売額が手取り。農協が集荷・販売を請け負うきん菜館は手数料は必要だが、市場流通とは比べるべくもない。もちろん品目や量にも縛りはない。

 こうした動きを無視できなくなったのが、既存の流通に依存してきたスーパーである。フレスタ(広島市西区)は広島千代田農協や三次農協と契約し、市内などの六店に産直野菜のインショップを開設している。

 「朝仕入れたら昼過ぎには売り切れるものも多い」。消費者の反応に中村秀成商品計画部長は手ごたえを感じている。産直は旬のもの主体で品目やロットが安定しない。だが「それは了解のうえ。冬は途切れても仕方ない」と意に介さない。

 農協グループが二、三年前から、地域でとれた農産物は地域で消費を、と「地産地消」運動に本腰を入れ始めたのも市場流通中心の発想を反省し、産直の広がりに意義を認めたからだ。

 生産者が自分の責任で売る「新鮮、安心、安全」といった付加価値をアピールし、安い輸入品に対抗しようというわけだ。運動の広がりには、消費者側の意識変化も大きくかかわっている。

新農業基本法とは

 1961年に制定された農業基本法は、農工間の所得格差の是正を目指し、零細規模の農家の離農促進と残った土地の集積による「構造改善」と、養豚や養鶏などもうかる分野への「選択的拡大」を進めてきた。だが兼業農家が増えて土地の集積は進まず、稲作など土地利用型の農業は今、国際競争に直面して苦しんでいるのが実情だ。

 生産者サイドに重点を置いた旧基本法に対して99年7月に制定された「食料・農業・農村基本法」(新農業基本法)はその名称通り、農業の持続的な発展と農村の振興を図り、食料の安定供給、農業の持つ多面的機能を発揮していくことは、国民的課題と位置付けたのが特徴だ。

 だが、生産面でみると「効率的かつ安定的な農業経営の育成」を柱に据え、同法に基づく2010年度を目標にした「食料・農業・農村基本計画」では、そうした農家が担う生産のシェアを高めることをうたう。

 中山間地など条件不利地への助成制度(直接支払い)にも道を開いたものの、中核農家と大多数の兼業農家との二極分化を進めるという基本は同じだ。

 そのために家族農業経営の活性化とともに農業経営の法人化を課題に据えている。集落営農も法人化によって基盤を安定させるのが狙いである。

 


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