第 5 部  森 と 里 と 人 と (8)
2002.7.2
中国山地
少年自然の家  「放牧」で子どもに輝き 

 赤いヘルメットをかぶった子どもたちがマウンテンバイクで、緑濃い雑木林や杉林を駆け抜けてゆく。一周九百メートルほどのコースの途中、男子は女子と別れて、起伏をつけたつづら折りの急坂を下る。車体が一瞬浮いた。「おっもしろーい」。高村弘満君(10)の顔がほころんだ。

 山口県徳地町の標高三百メートル前後の高台に開けた、国立山口徳地少年自然の家。十八ホールのゴルフ場並みの広さ百五ヘクタールの敷地には火山湖まである。二十五日、県東部の周東町立中田小学校から三―六年生十四人が、一泊二日の合宿にやってきた。

野鳥がさえずる雑木林沿いの道で、マウンテンバイクを駆る中田小の児童たち

 マウンテンバイクに慣れた一団は約五キロ先まで遠出。八百年余り前、奈良の東大寺再建に使う丸太を流した佐波川を見て回った。夜は屋内運動場で仲間づくりのゲーム、翌朝は宿舎近くの雑木林で枯れ枝や落ち葉を拾い、馬やフクロウの置物を作って遊んだ。

 「うちの学校もダム上流で、昼休みも校庭の裏山へ遊びに出かけるんですよ。でもね、地域や家庭を離れ、森の中で過ごすと、ふだんと違う子どもの顔が見えてくるから不思議」。引率した沖野義次教頭(46)はこの春、徳地少年自然の家から中田小に転任したばかりだ。

 開業は一九八九年。西日本から毎年七、八万人が教室や家庭を抜け出し、訪れる。「自然とじっくり向き合い、人間性を培う教育の場づくりに生かしてほしい。せめて三泊ぐらいは時間を取ってもらって」と柴崎明博所長(56)。夜は満天に星が瞬く。野鳥や昆虫も多い。アナグマやイノシシも度々姿を見せる。

 全国の森や海に現在十四カ所ある国立少年自然の家は、日本経済の高度成長が勢いを増した六〇年代に構想された。「子どもを野山に放牧しよう」が理念。里山の開発や車のはんらんで、子どもたちの遊び場を奪った反省からだった。行革のあおりで、運営は昨年春から独立行政法人に移行している。

 徳地では宿泊棟とキャンプ場で三百人まで、団体や家族を受け入れる。宿泊料や施設使用料は取らず、シーツ代と食事代だけの一泊千七百円ほどの費用で済む。それでも、一泊二日や日帰りの客が九割近い。

 二〇〇〇年から、徳地の周辺でできる体験案内プログラム「学びの森」づくりを進めている。学校の総合的学習につなぎ、利用増を図る狙いだ。里山探検や間伐、たき火料理、こんにゃく作り、昔話を聞く民家訪問など、地域の学習資源を探し、既に三十近い講座を組んだ。これらを基に六月二十九日、学校週五日制の受け皿としての連続講座も開講した。

 体験のメニュー化が「放牧」の理念に合うのかどうか。職員には戸惑いもあるが、「実践の中で考えればいい」と踏み出した。それも体験学習だと割り切っているようだ。


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