中国新聞社

中国山地
明日へのシナリオ

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プロローグ  広島県吉和村から
2002.1.7
「西の軽井沢」目指し25年 今、合併後へ布石

 「西の軽井沢」をキャッチフレーズに、恵まれた自然環境を生かしたむらづくりを進めてきた広島県吉和村。人口八百五十三人。県内一小さい村に今、多彩な集客施設がぎっしりと詰まり、年間五十万人余りを呼び込む。西日本を中心に自治体の視察も月二、三件。来年三月をめどにしている廿日市市、佐伯町との広域合併で明治以来百十四年の歴史を終える村の試みは、多かれ少なかれ山地の自治体が描いてきた過疎対策を象徴している。(中国山地取材班)
 
●2人の名誉村民● ●夢ある学校づくり●
●「過疎債錬金術」どうみる● ●むらづくりの歩み●
 
■農村生活に新たな価値■

 中国山地発のメッセージが今、新しい価値を持ち始めているのではないかと感じる。不況下の構造改革、グローバリゼーションという荒波によって相次ぐ企業倒産・リストラは、農村だけでなく都市まで疲弊させかねない勢いである。

 そうした思いが、都会人の農村を見る目を変え、山地の人々が自らの生き方を見詰め直す機運も生んでいるのではないか。農業は出口が見えないが、農村の人の顔が見える落ち着いた暮らしはそれ自体、一つの価値であるとの認識である。

 十年の時限立法として制定されてきた過疎対策法は二○○○年四月、三度目の延長に入った。「過保護」との批判を受けながらも、農村の生活基盤を確実に底上げしてきたことも背景にある。

 田舎ぐらしブームに乗って吉和村では別荘が約四百五十戸に増え、村の戸数を超えた。定住への動きもわずかだが出始めている。都市との交流事業は今や、町村が最も力を入れる施策でもある。

 中国新聞の中国山地シリーズは今回で三度目になる。一九六六年一月に連載を始めた最初の「中国山地」は、全国で最も先鋭的に進む中国山地の過疎の克明な記録。八四年一月から始めた「新中国山地は」は、減速したとはいえ、過疎が高齢化・少子化という質的変化を伴って進む現実をフォローすることになった。 

あれから十八年。山地の高齢化・少子化はさらに将来の日本社会を先取りして進む。今回のシリーズでは、その課題とともに、地域に生きる積極的な意味を問う多様な試みを、混迷する日本社会の明日へのメッセージの意味も込めて伝えたい。