― 判断回避に地元憤り ― 農水省の本庄工区検討委員会が「全面干拓」、「部分干拓」、 「干拓せず水産利用」の三案をまとめた四月。中国四国農政局が地 元の島根県八束郡八束町で検討委の説明会を開き、「三案いずれも 実現が可能」と町民に説明した。 会場には六十歳を過ぎた町民が目立った。同町馬渡の農業渡部唯 男さん(70)は幹部職員に強い調子で言った。「もう四十年待った。 これから十年以上かけて干拓しても、ここにいる年寄り連中のだれ が生きているのか」。会場は静まり返った。
渡部さんは一九六〇年代、干拓とセットで始まった淡水化計画で 中浦水門を建設するため、四十アールの農地を国に売った。その後、役 場で本庄工区三ヘクタールの買い取りを申し込んだ。 ■期待があきらめに 当時、渡部さんは建設会社を営んでいた。「干拓地ができたら会 社をやめ、大規模農業をするのが夢だった」。しかし広大な土地は 十年、二十年たっても姿を現さない。夢はいつしか、あきらめに変 わった。 六十歳で会社を廃業、中浦水門わきに十アールほどの畑を借り、キャ ベツ、サトイモなどを植えた。時には作業の合間に、スプリンクラ ーや倉庫を備えた数十ヘクタールの畑で、子どもや孫と大型トラクターを操 る姿を想像する。「もう間に合わない」。さばさば言いながら、 「長すぎた」との思いだけは消えない。 中海に囲まれた六・五平方キロメートルの島に住む八束町民にと って、広大な農地は悲願だ。田畑の占める面積の割合は五割を超 え、農家はボタンや薬用ニンジンを、他の干拓地や鳥取県内でも栽 培する。何より、島の住民には陸地の拡大が特別な意味を持った。 しかし期待は、中ぶらりんの状態が続いた。計画当初、働き盛り で干拓営農を望んだ世代は高齢化。後継者は少なく、営農は事業が 延期されることで、さらに現実味を失った。 ■結論先送りが続く 着工から三十七年。事業見直しの機会は何回も訪れた。七〇年代の 米の生産調整に伴う干拓の目的変更。八八年の工事中断後も、国と 県が計三回、検討会を設置。そのたびに国と県の間で、決定的な結 論は避けられ続けた。 事業が決着せずに地域整備が遅れたと訴える松江市本庄地区出身 の林干城市議は、「結論が延ばされることで、結果として地元が役 人の犠牲になった」と国と県の対応を批判する。干拓が進まない状 況を、松江市の宮岡寿雄前市長は「期待権の侵害」と表現した。 そして澄田知事の結論は、またしても先送り。七月末、八束町議 らが澄田知事に陳情し、「裏切らないで」「凍結や中止では切腹 だ」などと怒りの言葉をぶつけた。すでに事業は、自民党幹部の政 治力学で中止に向かっていた。 ■「ストップ言えぬ」 自民党のある県議は「八束町でも、干拓に批判的な町民が増え た。しかし純粋な土地拡大の願望を数十年間、引きずる人を裏切れ ない。地元からストップとは言えなかった」という。 干拓への逆風が強まるなか、最終判断を回避してきた国と県。積 年の思いから引き下がれなかった地元市町。この構図で費やされた 時間は、あまりにも長い。 |