中国新聞

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環境の回復が第一
再生に向けて

― 事業撤退 ルール明確に ―



 晩夏の朝日が湖面にきらきらと輝く。午前六時。宍道湖のシジミ 漁業者が一斉に、ジョレンと呼ばれる漁具で湖底をかき始めた。

 あいさつを交わす表情も心なしか明るい。中海干拓・本庄工区が 中止に向かっていることとは無関係ではないようだ。それでも、 「まだ終わりじゃない。堤防の開削が決まるまでは祝杯は挙げられ ん」と宍道湖漁協の坂本清組合長(62)は語気を強めた。

 ■「水が病む宍道湖」

宍道湖でシジミ漁に精を出す坂本組合長。「シジミは大量 死から8割方戻った」と目を細める

 中海と宍道湖は海水と淡水が混ざり合う国内最大の汽水域。日本 海―境水道―中海―大橋川―宍道湖とつながる水系には、潮の出入 りが豊かで多様な生態系をもたらした。宍道湖特産のヤマトシジミ もその一つ。開発によって八郎潟(秋田県)などの産地が消えゆく 中、今では全国のシジミ漁獲量の約四割を占める。

 中海の五分の一に当たる本庄工区が堤防で囲まれた一九八〇(昭 和五十五)年以降、本庄沖から大根島の西を回る潮の流れは滞り、 赤潮の発生などで中海の漁業は大打撃を受け、宍道湖ではアオコが 大量発生した。漁業関係者や沿岸住民の運動と環境意識の高まりに よって、淡水化は八八年凍結された。住民運動が「走り出したら止 まらない」と言われた大型公共事業にブレーキをかけた第一号だっ た。

 その後もコノシロの大量死が相次ぎ、九七年にはシジミが大量死 した。中海で酸素が極端に少ない貧酸素水が発生し、宍道湖に流入 したのが原因とみられる。「宍道湖の水は病気になっとる」と坂本 組合長は言う。

 ■県、開削に否定的

 本庄工区が湖として将来に引き継がれることになった今、まずや るべきことは堤防を開削して潮通しし、元の中海・宍道湖の姿にで きる限り近づけていくことではないか。淡水化のために建設した中 浦水門も水質改善に活用できるはずだ。

 だが、島根県の澄田信義知事は、事業凍結の立場から「開削は考 えていない」と言明する。これまではまず干拓ありき、今は見返り の地域振興策取りまとめに忙殺され、環境への視点はほとんど見受 けられない。

 干拓・淡水化反対運動のリーダーである「豊かな汽水域を後世に 活(い)かす市民会議」代表の保母武彦島根大教授は「事業で悪化 した環境の回復が第一だ。その上で、手付かずにされた工区沿岸の 地域振興を図るべき。県の姿勢は世論を教訓にしていない」と懸念 を示す。

 ■淡水化事業ネック

 県が開削を言い出せない理由がもう一つある。凍結されたままの 淡水化事業の存在だ。「開削は淡水化の中止を意味する。農業用水 不足に悩む宍道湖西岸地域での対策が不十分な今、寝た子を起こす ことになる」(自民党県議)からだ。

 「昭和の国引き」と呼ばれた大事業は、時代の移り変わりととも に「負の遺産」と化した。長年にわたる先送りのツケと犠牲は大き く、その責任は重い。

 二十一世紀の入り口で公共事業の見直しを考えるとき、行政が責 任回避のために意義を失った事業を継続することがないよう「撤退 のルール」を明確にすることが望まれる。事後処理の地元負担軽減 や、国の責任による環境回復、住民の声を反映するシステムづくり などが考えられるだろう。保母教授は「かけがえのない中海と宍道 湖の再生こそ、これからの開発を考えるモデルになる」と訴える。

(おわり)

 この連載は、山中和久と寿山晴彦が担当しました。


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