中国新聞の歩み
明治25年創刊 原爆の廃虚から再び



 中国新聞は明治25年5月5日、広島市大手町4丁目に日刊「中國」として創刊されました。編集人は創設者の一人山本三朗で、社説や中央・地方の政治記事、広島米穀市場相場、現代小説、そしてときには海外ニュ−スも掲載していました。

 明治41年、紙齢 5,000号を機に題字を「中國新聞」に改名。創業35周年の大正15年には上流川町(現在の胡町)の新社屋へ移転し、他の地方紙を圧する勢いで躍進しました。

 昭和20年8月6日の原爆投下で一瞬にして社員 113人を失いましたが、報道の使命と熱意が生き残った人々を奮い立たせ、翌7日から中国新聞の再建を開始。9日に早くも代行印刷による新聞を発行することができました。

 戦後、廃虚となった広島の復興・発展とともに歩み続けてきた中国新聞。昭和44年には現在の土橋町の新社屋へ移転、昭和58年には西区商工センタ−に全国でも最高水準の設備を誇る「井口工場」を建設しました。そしてコンピュ−タ−による新聞製作システム「フェニックス」を導入、昭和62年8月から活字を用いない紙面制作を開始しました。このシステムをベ−スに「原爆記事データベース」など紙面記事をデータベース化しています。

 平成13年3月には、広島市中区の本社のほか、新たに福山市に備後本社、周南市に防長本社を置き、3本社制にしました。印刷体制も強化し、13年5月に福山制作センター、17年11月には新聞博物館的な機能を備えた広島制作センター(ちゅーピーパーク)が稼働。広島県西部、同東部、山口県の3圏域でそれぞれの郷土紙としての役割を自覚し、地域とともに歩む新聞づくりを進めています。

 また、情報技術(IT)革命に対応するため、マルチメディア事業など中国新聞グループ総合情報産業としての機能を一層強化。地域の暮らしに役立つ、より新鮮で多彩な情報をお届けしています。

新聞協会賞
独創の企画で12回の受賞

 新聞界(通信・放送を含む)全体の権威と信用の向上に貢献した報道や事業などに贈られる「新聞協会賞」。毎年、編集、技術、経営、業務の各部門で著しい功績のあった新聞に贈られる名誉ある賞です。

 中国新聞社は平成21年までに12回受賞しています。

題字の移り変わり


中国新聞社小史



《明治》
25年05月05日広島市大手町4丁目(現・中区大手町2丁目)で日刊「中國」として創刊。
41年06月21日題字を「中國新聞」と改める。
《大正》
15年03月24日広島市上流川町(現・中区胡町)に新社屋(鉄筋コンクリ−ト3階建て)が完成。
《昭和》
06年02月11日中国駅伝(福山―広島間)を創設。
12年01月20日上流川町で新社屋の中国ビル(8階建て)が落成。
17年05月05日創刊50周年を記念し、中国文化賞制定。
20年08月06日広島に原爆投下。本社も被災。他の新聞社に代行印刷を依頼し、2日休刊しただけで9日から発行。
11月03日広島市郊外の疎開工場から本社屋に復帰し、印刷開始。
23年06月28日鈴木三重吉賞制定。
24年12月12日紙齢2万号達成。
27年04月28日中国体育文化賞(現・中国スポ−ツ賞)を制定。
34年10月01日連載企画「瀬戸内海」が新聞協会賞受賞。
40年02月16日暴力追放キャンペ−ンで菊池寛賞受賞。
09月10日連載企画「ヒロシマ20年」など原爆報道で新聞協会賞受賞。
44年09月23日広島市中区土橋町に中国新聞ビル(9階建て)が完成、本社を移転。
52年08月06日紙齢3万号達成。
58年12月10日井口工場建設、オフセット輪転機導入。
60年10月15日「ヒロシマ40年」の報道で新聞協会賞受賞。
11月16日第二社会面の連載「ほのぼの」が「小さな親切運動」特別賞受賞。
61年09月03日新聞協会賞の編集部門で連載企画「シベリア抑留」が、また経営・業務部門で「地域情報ネットワ−ク」がダブル受賞。
62年10月15日新聞協会賞経営・業務部門で「ひろしまフラワ−フェスティバルの創造と展開」が受賞。
《平成》
03年11月05日山本朗会長が勲一等瑞宝章を受賞。
04年05月05日創刊100周年。発行部数70万部を突破。
07年04月14日本社・井口工場で全面オフセット完成。
09月25日新聞製作システム「フェニックスU」第2期システム完成。
07年10月17日新聞協会賞の編集部門で「ヒロシマ50年」の報道(特集「検証ヒロシマ」、連載「核と人間」、インタビューシリーズ「核時代 昨日・今日・明日」など)が受賞。
08年12月17日井口工場 輪転機の4Hi始動、紙面のカラー化進む。
11年10月15日新聞協会賞の編集部門で「であい しまなみ」が受賞。
13年03月01日広島市中区の本社のほか、新たに福山市に備後本社、周南市に防長本社を置き、3本社体制がスタート。
05月01日印刷工場の福山制作センターが本格稼動。3本社がそれぞれ独自の紙面づくりを始める。
14年09月04日新聞協会賞の編集部門で「断ち切れ 暴走の連鎖−『ただいま』が聞きたくて」が受賞。
15年06月12日京都新聞、神戸新聞と共同開発した統合データベースの運用開始
07月01日友の会組織「ちゅーピーくらぶ」が発足
16年11月20日広島の新球場建設へ地元マスコミとともに「たる募金」を開始。1年間で1億2000万円以上を集めた
17年08月24日紙齢4万号達成
11月04日廿日市市に新印刷工場の広島制作センター(ちゅーピーパーク)がオープン
11月14日次期新聞制作システム移行が完了