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【社説】参院選は、あす十二日公示、二十九日に投開票される。新世紀に入って初の国政選挙であり、今後のわが国の針路に重大な影響を与える選挙である。事実上の選挙戦はすでに始まっているとはいえ、公示という節目に際し、何を基準に候補者を選ぶのか、あらためて自問自答したい。
政権発足以来二カ月を過ぎるのに小泉純一郎首相率いる内閣の支持率は八割を超す。「薄気味が悪い」(宮沢喜一元首相)ほどの高い人気の原動力になっているのが、小泉首相が推進しようとする「聖域なき構造改革」である。この国を形づくってきた各種の規制、システムを例外なく見直しの対象とし、新たな秩序、システムにつくり替える、との訴えが共感を呼んでいる。
しかし、いまのところ首相の言う構造改革はスローガンの域を脱していない。公共事業、道路特定財源、特殊法人、地方交付税などの見直しは強調しても、具体的な内容にはほとんど言及していない。持論の郵政三事業の民営化にしても、参院選の公約はトーンダウンしている。
参院選の戦略として自民党執行部は「具体策より理念を語る」ことを重視しているように見える。格好をよくする方が有権者に受け入れられやすいとの判断からのようだ。また、景気が一段と悪化しそうな中で、財政再建と景気回復をどう位置付けようとしているのかも示していない。いくら参院選の戦略だとしても、政権党として望ましい姿とは思えない。有権者に判断材料をはっきり提示するのが筋だ。
一方、改革の本家を自任する民主党や自由党は、早くから改革の中身を示していると主張するが、有権者がどこまで理解しているか疑問が残る。まず、このギャップを自覚することが肝心である。そのうえで、小泉改革を批判し、同時にそれぞれの改革の中身を分かりやすく展開する必要がある。言葉だけの本家争いは反発を呼ぶだけだ。共産党と社民党は小泉改革に反対したり、一線を画す姿勢が鮮明である。だが、こちらもその詳しい主張が浸透しているとは言い難い。決定的な違いをどこまで明確にできるかがカギになる。
この選挙では、各党が唱える改革が本物かどうかとともに、個々の候補者の改革姿勢も問われている。だが、政党も候補者も改革の大合唱で区別がつけにくく、選ぶ側からすれば悩ましい選挙になっている。
たとえば先の都議選は改革の中身の論議より、結局はいかにうまく小泉人気に便乗するかの勝負でもあった。この便乗組をどう見抜くか。全国的な集票組織をバックに持つ比例代表の官僚OBにしても、その立場上、首相の進める改革と相反する存在になる可能性がある。こうした人たちをどう考えるか。
タレントが大量に立候補するのも今回の特徴である。非拘束名簿式の導入で、比例代表は政党だけでなく候補者にも投票できるようになった。名前が知られている人を出すことで政党の全体得票を上積む作戦である。だが多くの場合、政策は二の次になりがちだ。このことは、政党が有権者を軽く見ていることにもつながる。本物を見抜く目がここでも不可欠になる。
   
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