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あちこちでうわさを聞き、会いたくなった。帽子にサングラス、そして、お供の犬が一匹。尾道を訪れた観光客に、声を掛けては案内役を買って出るという、ガイドの男性である。
寺下五郎さん(64)。長崎生まれ。会社勤めで最後の赴任地となった尾道で、先立った奥さんの墓を守りながら一人で暮らしている。 待ち合わせたJR尾道駅で、約束の五分前にはたばこをくゆらせていた。「雁木(がんぎ)、知ってる?」。あいさつもそこそこに案内されたのは、石造りの古い船着き場。木造の食堂や商店が軒を連ねていた。 「こんなところがまだ残っているんだ」と感心したら、駅前開発でじきに埋め立てられるのだという。「別の場所に再現するらしいけど、新しく作るものじゃ、面白くねえなあ」。すぐ先のコンクリート護岸を眺め、つぶやいた。 血圧が高いから一日一万歩は歩けと、医者に勧められたのが二年前。自宅近くの古寺巡りコースを歩いていたある日、ロケマップを持った女子大生に尋ねられた。「カズオ君の家はどこですか?」
何のことかと思ったら、大林宣彦監督が尾道を舞台に撮った映画の話。「それまでも道を尋ねられることが多かったから、勉強してみるかと」。港町独特の風景や映画のロケ地を探し歩くのが日課になり、張り合いになった。
「この辺りはさ、古い墓がそのまま残ってんだよ。明治以前の船大工屋、灰屋なんかの職業が名字の代わりに刻まれててさ」・・・。「尾道、いたる所に被写体あり」が、決めぜりふ。寄り道ばかりで、万歩計の数字が三万を超すこともある。 「どこから来たの? これは知ってる?」。観光客らしい二、三人連れを見かけると、黙ってはいられない。「わざわざ遠くから来て、千光寺に寄るだけで帰る人がいる」。なんてもったいない、と言いたげだ。 半日かかって、やっとたどり着いた順路の中間点の天満宮。先回りした愛犬が、木陰で休んでいた。石階段の最上段に座り、せみ時雨を背に、しばし、町並みを望む。「尾道へ来て、ボーッとするだけで気が晴れる、という娘(こ)が多いよ」 いつも持ち歩くショルダーバッグに、はがきの束があった。お礼を書き添えた結婚通知が二十通余り。尾道での出会いのそれぞれに、寺下さんが溶け込んでいる。
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