新盆の踊り  <愛媛県弓削町


■ 供養兼ね にぎわい復活 ■

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  上がりの澄んだ夕暮れに、盆灯ろうがやわらかくともる。浮かび上がる浴衣姿の子供たち。その日、愛媛県越智郡弓削町の土生(はぶ)地区で、新盆の踊りが数十年ぶりによみがえった。

 弓削町に伝わる偉人伝に、年貢の軽減を求め、義民運動を起こした田頭庄右衛門の話がある。庄右衛門を奉るお堂がある土生では、供養と新盆の弔いを兼ねた盆踊りが、八月十三日に行われてきた。

 「三十年前?」「いや、四十年」。地区のだれに聞いてもはっきりした答えは返ってこない。それほど昔に、廃れてしまっていた祭りである。

 「土生には何もない。大人が子供らに祭りを楽しませてやらにゃいかん」。四年前、地域の世話役になった北浜英雄さん(46)はいつごろからか、祭り復活の構想を温めてきた。弾みをつけたのは、女たち。島の民俗史をまとめた女性グループが、「伝統行事の復活を」と、立役者になった。

  堂前の海岸に設けられた祭壇には、四組の盆灯ろうが並んだ。亡くなった人の親族や近所の人が集まり、思い出話にふけってそれぞれの供養をした。

 「子供の時に踊ったきりだから」。年配者の多くが踊りの輪に加わるのをしり込みする中、若衆とは違うしんなりとした動きで列に連なる女性もいた。「いい歳をしてと笑われるかと思ったけど、同級生の新盆だから思い切って出てきました」。母親の新盆以来、四十二年ぶりの浴衣にそでを通したという、七十四歳のご婦人だった。

 踊りに加わらなかった人も、縁台やごさに座り込み、夏の夜の一日を過ごした。子供たちは出店や花火に歓声を上げ、日がとっぷりと暮れても、帰る人はまばらだった。

  ぐらの上で口説き唄(うた)をうなる男性が浴衣の片腕を脱ぐころには、ぎこちなかった北浜さんの合いの手も調子に乗ってきた。「ヤートセー、ヤートセー」。口元が緩んだままの笑顔は、やみ夜でひときわ目を引いた。

 父親が始めたノリ養殖を継ぎ、全盛期の半値以下という値下がりを量産でしのいできた。「祭りができたのも、仕事以外のことに目を向ける余裕がやっとできたということ」。にぎわいの中でふと、わき目もふらず働いてきた四半世紀を思う。

 思い出を作ってやりたかった息子たちは、大学生になってしまった。が、土生中の子供が新盆に集った海岸の風景は、目に焼き付いただろう。帰りかけた女性が振り返る。「来年も頼むでっ」



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