せとうち 夏に集う

map  予の島々で、さまざまな夏の祭りに出合った。ずっと変わらない形で続いているものもあれば、「伝統行事よ、再び」と地域の人が力を注ぎ、ここ数年で復活したものもあった。形は違っても、共通しているのは地域の人々が集う風景である。時間と労力のかかる祭りの継続に、弱音が漏れる場面もあったが、にぎわいの中ではだれもが苦労を忘れ、顔をほころばせていた。

新盆踊り愛媛県大三島町

 ろうそくを立てた位はい箱を背負った新仏の親族に続き、サカキを持った男女が無言で踊る。大三島町野々江で、これこそが盆踊りと思う光景を見た。

 十六日午後七時すぎ。新仏のある家々に、近所の人たちが集まってきた。音頭を取る口説きの声を合図に、サカキを振って踊る。二百六十五軒のうち、十五軒が新盆を迎えた。家々で踊った人たちが、廃校になった小学校のグラウンドに集まり、やぐらの回りに七重、八重の輪をつくった。

 大三島町でも、野々江だけにしか見られない光景だという。十五人のうち、野々江で亡くなったのは七人。残りは島外で生活していた。新盆は島に戻って迎える風習が続いている。

 かつては経済的な理由で、親の葬式も出せない場合もあった。「だから、新盆は近所の人が助け合って盛大にやってきた。これだけは昔の形のまま、続けていきたいですね」。前総代の越智幸博さん(64)は、そんな思いで、踊りの輪を見つめる。八時すぎ。位はい箱を背負った人が一人、また一人会場を去ると、人の波も静かに引いた。


水祭り尾道市水尾町

 どこから水が来ているのか、分からないのが悔しい。弁慶のなぎなたから細い水が勢いよく飛び出すさまは、子供でなくとも愉快だ。水祭りは、尾道市久保一丁目の通称「水尾町」で、夏休み最初の土曜日に開かれている。

 水祭りは、「水のたち(性質)がいい」と評判の井戸がある熊野神社の祭礼行事だった。一九四二年から途絶えていたが、八九年、四十七年ぶりに復活。その年の話題を盛り込んだ水細工の舞台が人気で、毎年、大勢の人でにぎわっている。

 水尾町は十四世帯。祭りに欠かせない男衆は、町内会長の今川吉弘さん(52)ら三人しかいない。背景を書いたり、人形作りの細々した作業を得意とする人はいなくなった。八七年ごろから仕掛けを試し、祭りの準備を進めてきた。

 今年は復活十周年を迎えた。車がすれ違うのがやっとの通りは、人だかりであふれた。「一番良かったなと思うのは、人とのつながりができたこと。あいさつだけじゃったのが、立ち話でもするようになりました」


てんびん祭り広島県瀬戸田町

 担 ぎ声から、別名を「チョンヤーレ」という。生口島北東部の名荷の盆行事で、竹の枝に提灯(ちょうちん)をつるしたてんびんを立て、ぐるぐると回す。

 てんびん作りから行列まで子供が手掛けてきた祭りだが、名荷でも少子化は深刻だ。副区長、大畠正勝さん(55)が住む西郷地区は四十五世帯で小学生がたった一人。昨年は、子供会がなくなった別の地区と合わせ、二地区のてんびんが祭りから消えた。いてもたってもいられなくなった大畠さんらが乗り出し、今年は何とか六地区六基のてんびんをそろえた。

 「昔は枝が広がるように一、二年かけて竹を育て、どこの地区のてんびんがきれいか、競い合ったものです。でも、五年後にはどうにもならんかもしれんなあ」。大畠さんは、心配している。上がる浴衣姿の子供たち。その日、愛媛県越智郡弓削町の土生(はぶ)地区で、新盆の踊りが数十年ぶりによみがえった。


テンテコ愛媛県魚島村

 魚島といえば、テンテコ。テンテコといえば魚島である。南北朝時代、魚島に落ちのびた武将篠塚伊賀守が、再起を期して行った調練の名残といわれる。  刀と扇を持った子供と若者が海岸で東西に分かれ、太鼓やかねに合わせ左右に跳びはねながら、にじり寄っていく。「テンテコテンテコ テンテンヤ」。声が徐々に大きくなり熱気が帯びるさまは、戦さながらだ。

 かつては武者姿の男子だけで行われていたが、今は子供の数が減り、女の子も総出で踊る。装いも、浴衣や仮装がメーンになった。テンテコを楽しみに海岸に集う光景は変わらない。


虫送り因島市洲江町

 野菜やかんきつの葉、それにテントウムシなどを乗せ、舟を海に流す。害虫駆除と農作物の豊作を祈る「虫送り」が、瀬戸の島で行われている。

 コメの豊作をまじないに頼るしかない時代に、虫送りの行事は生まれた。生口島東部の因島市洲江町では、七月十二日の恒例行事。寺で法要をし、ちょっとした手料理を囲んだ後、舟を海岸から流す。

 今、洲江に田はない。虫送りには、かんきつ豊作の願いが込められるようになった。わらで作っていた舟はベニヤ板の簡素なものに形を変えたが、地域に住む人たちが伝統行事を守っている。


納涼船愛媛県岩城村

 車両甲板いっぱいに広がるござは、今年も重箱を手にした家族づれや、同窓会に興じる浴衣姿の女の子たちで埋め尽くされた。岩城村の納涼船は、盆恒例のイベント。村がチャーターした船は一七九トンのフェリー。乗船料は大人二百円、子供百円。破格の値段である。生口島の南をぐるりと回り、多々羅大橋まで行く二時間の周遊を約二百五十人が楽しんだ。

 「船上で過ごすっていうのは一つの文化。こういう時間を大切にしてほしいですね」と、村産業振興課の宮脇馨さん(46)。雄大な多々羅大橋の海からの眺めは、夏の思い出になっただろうか。



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