お大師さん <愛媛県伯方町>


■ あつい信仰 人の温かさ ■

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 称「すみだのお堂」には、主がいる。ひどい雨降りでもない限り、午後二時を回ると、念仏が始まる。「…南無大師遍上金剛」。念仏が終わるまで、だれも遅れて入った私の方を振り返らなかった。

 四国八十八カ所のミニチュア版、島四国。伯方島の七十五番札所、善通寺は、生口島と結ぶフェリーが着く北浦の、住田という地区にある。畳十二畳のお堂は冷え込み、十月下旬のその日は、電気ごたつが赤々とともっていた。

 主と呼ばれる女性六人は、大正生まれの幼なじみ。町の縫製工場で一緒に働いていた。物心付いた時から近所にあったお堂は、なじみの場所。工場を定年退職した五、六年前から、午後のひとときをお堂で過ごすのが日課になった。

 お堂の隣に住む馬越スギエさん(77)が二時前に出掛け、お茶の準備をする。体の具合が悪くて顔を出さない人もいるが、大抵、三、四人は集まる。菓子や果物を持ち寄り、それぞれを「お接待」する。「いただくことも信仰のうち。お大師さん、ありがとうございます」。何かもらうたび、女性たちは手を合わす。


朝起きて、自分が飲むお茶を入れたら、お大師さんにもお供えをする。信仰が生活に根付いている
 長の赤瀬広美さん(82)は、二十六歳で夫を亡くし、開墾してはイモや麦を植えて子供を育てた。縫製工場には、七十すぎまで十八年間勤めた。「若い時分は、精出して働いた。だから、こうして遊べるし、孫にも小遣いがやれる」。広美さんの手には、何本もの深いしわが刻み込まれている。

 島四国は、大島や大三島、因島、弓削島など、芸予の島々にあり、料理や菓子で巡拝者をもてなす。「年を取ってからはここで念仏を上げるだけじゃが、お大師さんの時は、ラーメンでお接待するんよ」。伯方島は、旧暦三月二十一日と十一月二十一日の春秋二回、霊場めぐりがある。

 場は、お遍路さんが寝泊まりできる広さのお堂もあれば、田や庭の一角にたたずむ小さなほこらもある。七十七番の道隆寺は、荒れた田畑の中にひっそりとたたずんでいた。近くの一人暮らしのお年寄りが朝、お茶を供えている。「近くに住んでいるから、拝ませてもらっているだけですよ」

 約五百戸の惣代(総代)を務める馬越節一さん(65)は言う。「島の裏側なのが幸いしてか、この辺りの風習は昔のまま。信仰や伝統を大事にする北浦の地域性は、よその惣代にうらやましがられます」。ちょっぴり、誇らしげだった。



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