参道の女主人 <広島県瀬戸田町>


■ 「島一の店に」心意気なお ■

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 「橋が架かってもねえ…」「商店街に人が来るじゃろうか」。さえない発言が続く商工会の交流会で、その前向きな発言は際立っていた。「美術館の開館に合わせ、店を改装しました。このチャンスを逃したくない」。声の主は山口弘子さん(62)。耕三寺近くの参道商店街で、アナゴ料理の店を手掛ける店主である。

 九歳の時、父親が事故で急死し、母親とうどん屋を始めた。その後、洋風レストランにスタイルを変え、二年前には和食の店に。耕三寺や平山郁夫美術館に近い地の利を生かし、グルメ志向の女性客を取り込んだ。「うちほど改造を重ねた店はないと思う」。昨年、店は四十周年を迎えた。


秋の行楽シーズンに活気づく瀬戸田町の参道商店街。人を呼び込む新スポットも登場した
 五人きょうだいの長女。島で一番の店にするまでは嫁に行くまい―。そんな気持ちでやってきた。「だから、まだ独身なんよ」。語り口は潔い。今夏、明るい話題があった。親代わりになって育ててきたおいの広三さん(31)が、会社勤めをしていた京都から瀬戸田へ帰ってきたのだ。

 郷は、弘子さんが促した。「毎日、深夜まで働いて、アパートに寝に帰るだけ。そんなサラリーマン生活なら、これだけの店でも、家族で助け合っていくことの方が意味があるんじゃない?」。三年がかりで口説いた。

 戸田港から耕三寺まで、参道は六百メートルある。生口橋が架かる七年前までは、ひっきりなしに船が港へ入り、参道は耕三寺に向かう人であふれた。が、玄関口が港から橋へ変わり、参道へ足を運ぶ人は減った。参道の中ほどで明治二十年創業の看板を掲げるまんじゅう屋の奥さんは「これだけ人通りが減ると、店も私らの代で終わりかなあと思ったりする」と打ち明ける。

 「後継者がいない、参道は寂れるでは、あきらめムードが募るばかり。島を訪れる観光客はいるのだから、打って出なくては」。弘子さんはあくまで前向きだ。商工会青年部が発案し、参道内に設けていた休憩所「汐待(しおまち)亭」を、参道商店会が引き継いで再オープンさせる動きも出てきた。

 「架橋を機に瀬戸田が活気づいているのが感じられたから、島に戻る決心がついた」と言う広三さん。美術館を訪れるツアー客らに店を売り込もうと旅行代理店を訪れる営業活動を少しずつ始めている。


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