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尾道と向島を隔てる東西約六キロの尾道水道に、渡船は七航路ある。暮らしに溶け込んだ観光尾道の顔でもある。宮本汽船が手掛ける「桑田渡し」は最も東の航路。向島の東側を占める尾道市向東町と結んでいる。車を八台運べる七四トンのフェリーで、一九六五年に就航した。
「それまでも五トンぐらいの渡船があったんですが、桟橋の藻で足を滑らして海に落ちる人がおってね。船会社をやっていたおやじが、ええがいにやってくれと頼まれたらしい」と、二男で常務の宮本隆幸さん(57)。それ以来、渡船は住民の「橋」となってきた。
毎日、早朝六時半から午後十時まで、船は絶え間なく人を運ぶ。ゴッゴッゴッというエンジン音。桟橋に付けるエプロンを上げ下げする合図のブザー音も辺りに溶け込む。特別な誘導もなく、往来は淡々と繰り返される。初夏のころ、操縦席に上がらせてもらったら、船長がある四人組を指さした。
陽光できらめく尾道水道を、渡船が絶え間なく往来する。渡船は手軽な交通手段として、生活に溶け込んでいる |
ピーク時の朝七時から八時半までは二はいの船で対応しているが、最近は、空きスペースが目立つようになった。乗用車の利用台数は、一日三百台を切った。「採算を思うと、もう辞めたいわけですよ、本当は。じゃが、車を持たん人のことを考えたら・・・」。来年五月の新尾道大橋の開通後は、乗務員一人で運航できる小型船に切り替え、航路を存続させる。
五カ月ぶりにフェリー乗り場を訪ねたら、最長老で七十七歳の船長が引退していた。「二十歳から船に乗っとったから、陸に上がったら急に老け込むかもしれん」。そう言って笑っていたのを思い出した。ラッシュ時には、二年前に帰郷した息子ら乗務員に交じり、常務もまた、ブリッジでかじを取るようになった。
来春、尾道水道の渡船は、一航路が廃止になる。

