海辺のわが家 <広島県向島町>


■ ワケギの里へ「帰去来」 ■

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 の向こうに見える三原市の鉢ケ峰が、オレンジと茶の紅葉のベールをうっすらとまとっている。今治行きの高速船や、尾道と因島を結ぶフェリーが、視界を横切る。ザッ、ザー。ザッ、ザー。海岸に寄せる波の音だけが聞こえる。

 広島県御調郡向島町の岩子(いわし)島。ワケギの里として知られる人口八百三十人のこの島に、寺岡進さん(61)、恵子さん(58)の夫婦が広島市から移り住んでいる。進さんの故郷は大崎下島。定年後は海のそばに住もうと、二、三年前から瀬戸内沿岸の町や島を訪ね歩いた。陸地に近く、家のすぐ前に海が広がるこの土地が気に入り、昨年夏、越してきた。

 海水浴場だった名残の食堂と管理人の住居、客間代わりの五棟のバンガローが新居。千平方メートル弱の土地にある。人の気配は、岩子島厳島神社ともう一軒の民家、ミカン園とワケギ畑だけ。恵子さんは尾道市に生まれ育った。子供のころ、夏には決まって家族で岩子島へ海水浴に来ていた。思い出の海だった。

 雑草が茂っていた家の周りを整え、畑を作った。チンゲンサイ、水菜、大根、ネギ…。恵子さんが、二十種類以上の野菜を育てている。「土をいらったこともなかったのに。薬味を庭へ走って取って来られるのがうれしくて」


「海と山、それと空。この景色を独り占めできるんですよ」。寺岡さん夫妻の生活は、自然の恵みに満ちあふれている
 の前三十メートルほどの海で取ったワカメやヒジキが、毎日の食卓に上る。今の時期、二、三人分の岩ガキやサザエなら、進さんが三十分ほどで取ってくる。「昔は、『おい、メシ作れ』と言いよったお父さんが、今ごろは台所に立つようになりました」と、恵子さん。「身近なものが何でもおいしいんよ」。進さんが、照れ隠しの声を返す。

 思いついたら花を植えたり、畑を手入れする毎日。恵子さんは島へ来て、ピアノを弾くようになった。結婚する時に持ってきてから、何十年も弾いていなかった。「集落のない土地での生活に不安もあったけど、お日様に向かい、土をいらって生活していたら悪いことはない」。ほんのりと日焼けした顔から、笑みがこぼれる。伝い歩きをしていたとは思えないほど、体調もよくなった。

 「広島の家を手放して島へ行くと話すと、反対もされたけど、うらやましがる人もたくさんいたんです」。この家があれば、親しい人に海辺での生活を楽しんでもらえる。今年の正月は、親類が十四人集まってきた。釣りが好きな二十代の息子らも、よく帰省するようになった。

 の隅に、「帰去来(ききょらい)亭」と書いた小さな看板がある。故郷の自然の中で本来の自分を取り戻したいと、役人生活を終えた心情を述べた漢詩から取った。「帰去来」は、「さあ、帰ろう」の意味。大勢の客と過ごす二度目の正月を、寺岡さん夫妻は今から心待ちにしている。



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