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「草だけは生やさんようにと思うとります」。橋本力一さん(67)たちが世話をする西浦地区の花壇は、市内に大小100以上ある「花いっぱい推進協議会」の花壇の中でも、ひときわ鮮やかな色をたたえていた。「2,3日前に雪が降ってしぼんでしもうて。きれいな時は花がシャンとしとるんよ」。撮影の約束をした日、橋本さんはわが子の晴れ姿を気遣うように、花壇に目をやった。
ノースポールの白、パンジーのスミレ色、キンギョソウのピンク・・・。30メートルにわたって並ぶそれぞれの色が、互いを引き立てる。花の植え替えは年に2回。秋は、ミカン農家のメンバーが収穫で忙しくなる前の10月中旬に植えた。「枯れた花を摘んでやると、後から後から新芽が出るんよ」。株が膨らんですき間がなくなる春が、待ち遠しい。
観光客をもてなすように咲く西浦地区の花壇。「花の島」には100余りの花壇がある
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造船不況の直撃を受けた1989年の総合計画で、因島市はキャッチフレーズから「造船」を降ろし、代わりに「水軍と花」を掲げた。翌年には、県北部の白滝山ろくに県立因島フラワーセンターがオープン。前後して花いっぱい推進協議会ができ、13地区で花壇づくりを始めた。
協議会は昨年秋から、遊休地に四季の花を混合した種をまく新しい試みを始めた。インターチェンジと幹線道路をつなぐ道路沿いをサルビアやマリーゴールドで飾る計画も進んでいる。
「観光因島を引っ張る役目として、プレッシャーもあるんよ。造船から観光へというても、基盤がないから難しい」。会長の小森晋さん(72)が打ち明ける。「目先を変えて花を斜めに植えたら水はけが良すぎて、失敗したりもしたな」と橋本さん。小森さんも元造船マン。この10年に思いをはせる2人に、島の転進が重なって見える。
「とにかく、島に降りてもらいたいよのお」。6,7年前、小森さんが世話をして戦友会の同窓会を因島で開いた時、旧友らは「また来たい」と繰り返した。「どこを見ても、海の景色は抜群じゃけん」
花壇で草取りをしているとよく、観光客に道を聞かれる。「そんな時は、丁寧に道を教えてあげるんよ。人情味のある島じゃと思ってもらえるやろ。また来てもらいたいけえの」。うなずき合う2人の顔に、花壇に負けない笑顔が咲いた。

