僕らの橋 <愛媛県吉海町>


■ 島の将来…高まる関心 ■

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 「今までばらばらだった島が、十の橋で一つにつながる。僕たちで盛り上げていこう!」。愛媛県越智郡吉海町の町民会館に、子供たちの声が響き渡る。吉海小の「大橋学習発表会」。踊りや歌に、会場から手拍子がわく。

 海町がある大島は、しまなみ海道で最も四国寄りの島。世界初の三連つり橋、来島海峡大橋で、今治とつながる。

 「それが、子供たちはあまり橋に関心がないようで・・・。自分たちの橋という意識を持って、いい面は利用してもらいたいんです」。仙波正宏校長(54)と寺尾満寿男教頭(47)が言いだして本年度、学期ごとに橋を学ぶ時間を設けた。

 二人とも今治市出身。仙波校長はフェリーで毎日、島へ通う。寺尾教頭の祖母は吉海に住んでいた。「子供のころ、渡海船で波を越えて島へ渡った。この流れの速い海に橋が架かるというのが、何とも感慨深い」。それだけに子供たちの反応が気になった。

 昨年七月に実施したアンケートで、橋が出来てもうれしくないと答えた子供が二百二十六人中、四十二人いた。ごみが増える、騒々しくなるなどのマイナスイメージが強いらしく、船員の父親の仕事がなくなるからと理由を書いた子もいた。

亀老山展望台から眺めた来島海峡大橋。ライトアップされた橋と船の明かりが交差する
 学期には、三連つり橋を望む町内の亀老山展望台に上がった。橋を眺めながら、本四公団職員の話を聞いた。「橋はどれぐらいの重さに耐えられるの?」「造るときに、一番難しかったのは?」。次々と質問が飛んだ。

 この二月下旬の学習発表会には、百二十人余りの父母が訪れた。前方でカメラを構えていた高田広樹さん(36)は、非番で会場に顔を出したフェリー会社の社員だった。「お父さんの仕事が無くなると書いたのは、うちの子かもしれませんね」

 四年生の明奈ちゃん(9つ)に「仕事がなくなるとかわいそう」と言われたことがある。「心配するなと言っておいたけど、家のローンもあるし、架橋がもう十年先だったらなあと思うことはあります」。同僚の中には、転職のためバスなど大型車の免許を取っている人もいる。

 民にインタビューし、フェリーの方が便利という年配の女性の言葉を紹介した学年もあった。明奈ちゃんら四年生は橋の特徴をクイズ形式で披露し、「環境を守るための工夫を知ってうれしくなった」と発表した。

 寺尾教頭は二十年前、妻の郷里の吉海町に家を構えた。今はすっかり吉海の住人。「保護者だけでなく、町内の皆に見てほしかったなあ」。発表会の片付けをしながら、そうつぶやいた。子供たちの表情に、手ごたえを感じていた。



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